戦後処理
戦争は、終わった。
正確に言えば――
ディバン帝国軍が、消えた。
国そのものが滅びたわけではない。
だが、主力部隊として前線に出ていた者たちは、敗走することすら許されず、地上から消失した。
蒸発。
それ以外に、表現のしようがない。
この事実が意味するものを、会議の席にいる全員が理解していた。
もう、ディバン帝国はアグナス王国に手を出せない。
軍としての“牙”を、根こそぎ失ったのだから。
議題は、すぐに次へ移る。
属国化。
あるいは、完全統合。
感情的な議論は、なかった。
「王族の処遇は?」
淡々と、誰かが問う。
「……奴隷化が、最も合理的でしょう」
誰も反論しない。
かつて、俺を物以下へ落とした制度。
だが、今の俺は、それを否定しない。
復讐ではない。
怒りでもない。
これは、戦後処理だ。
再興する国にとって、最も血を流さない選択。
会議は、淡々と進んでいく。
即位式の日取り。
王都再建の計画。
砦から各地への指示。
民への布告文。
俺は、すべてに目を通し、判断を下す。
だが。
その間も、意識は一箇所から離れなかった。
メイ。
視界に入れていないと、落ち着かない。
呼吸を確認していないと、胸がざわつく。
失ったわけではない。
だが――
失いかけた。
その恐怖は、骨の奥にまで刻み込まれている。
片時も、離れたくない。
それなのに。
周囲は、俺を放っておいてくれない。
「殿下」
「こちらの決裁を」
「次はこの件を」
人が、途切れない。
……消すか?
一瞬、思考が跳ねる。
この場にいる全員を消せば、
俺は、彼女の傍に戻れる。
だが。
――ダメだ。
メイが、命を賭けて守ったものだ。
この国も、
この民も、
この未来も。
それを、俺の衝動で壊すことはできない。
拳を握りしめ、息を吐く。
恐怖は、消えない。
忘れられない。
だからこそ、焦りが生まれる。
彼女を、
“この世界”に奪われる前に。
正当な位置に、置かなければならない。
守る、では足りない。
護る、でも足りない。
離れられない場所に。
会議を終えて外に出ると、砦の中庭がざわついていた。
まただ。
馬車の列。
シルヴァ家の紋章。
次々に届く、支援物資。
食料。
薬品。
布。
生活用品。
戦争が終わった直後に必要なものを、
最初から想定していたかのような量。
あの家は――
あの人は――
恐ろしいほど、現実を見据えている。
民たちの視線が、変わり始めているのも感じる。
メイ・シルヴァ。
戦場の女神。
再興の象徴。
そして――
王の隣に立つ存在。
俺は、視線を上げる。
もう、二度と。
失わない。
奪わせない。
失いかけた恐怖を、
俺は、決して忘れない。
だから。
戦後処理は、急がねばならない。
彼女が、
この立場の意味に“気づいてしまう前”に。
俺の世界の中心が、
最初から彼女であることを。
静かに。
確実に。




