時が止まった君
特製ポーションは、万能ではない。
それを、
俺は誰よりも分かっていた。
治癒は、生きている者にしか作用しない。
血が巡り、心臓が打ち、
魔力が流れていることが前提だ。
……死後では、意味を成さない。
「……もう……」
治癒魔術師の声が、震えた。
「これは……」
「正直に言います」
「延命処置も……厳しい」
誰かが、息を呑む音を立てた。
誰かが、声を上げようとして、飲み込んだ。
砦の中が、静まり返る。
横たわるメイは、
あまりにも――静かだった。
呼吸が、浅い。
いや、もう、それすら分からない。
心臓の音が、
遠く、遠くにある。
まるで。
時間だけが、先に行ってしまったみたいだった。
「……ルイ!」
誰かが叫ぶ。
「御守りだ!」
「だから……」
「死が、固まっちゃう前に……!」
声が、遠い。
俺は、
何も聞いていなかった。
世界が、
音を失っていた。
視界の中心にあるのは、
メイだけだ。
蒼白な頬。
伏せられた睫毛。
二度と動かないかもしれない唇。
――ふざけるな。
喉の奥から、
獣のような感情が、這い上がる。
死ぬ?
この人が?
俺を、拾って。
癒して。
名を呼んで。
生きていいと教えた、この人が?
「……違う」
声が、低く落ちた。
誰に向けたものかも、分からない。
俺は、彼女の手を取る。
冷たい。
……いや。
まだだ。
完全に、冷え切ってはいない。
「……大丈夫です」
誰に言うでもなく、
俺はそう呟いた。
「まだ……」
「まだ、終わっていない」
特製ポーションを、取り出す。
二本。
命を繋ぐためだけに作られた、
奇跡に最も近い液体。
――だが。
これは、
“死んだ者を生き返らせる”ものじゃない。
分かっている。
分かっているからこそ。
俺は、決めた。
連れて帰る。
この人を。
必ず。
生きている場所へ。
時間が、再び流れる場所へ。
俺は、額を、そっと彼女の額に寄せた。
呼吸を合わせる。
……いや。
合わせる必要はない。
俺が、繋ぐ。
魔力を、解き放つ。
最大強化された器が、
限界を超えて、軋む。
関係ない。
壊れるなら、
俺の方でいい。
「……置いていかない」
声が、掠れる。
「……捨てない」
「……一人にしない」
かつて。
俺が、そうされたように。
二度と、
同じことは起こさせない。
「……生きて」
震える声で、
俺は、彼女の名を呼ぶ。
「メイ」
何度も。
何度も。
魔力を、流し込む。
心臓を。
血を。
魂を。
止まりかけた“時”そのものに、触れるつもりで。
理屈なんて、どうでもいい。
神の領域?
知るか。
これは、
俺の女神だ。
俺が、連れて帰る。
治癒魔術師が、
青ざめた顔で、後ずさる。
「……まさか……」
「そんな……」
誰かが、叫ぶ。
「ルイ!」
「無茶だ!」
「死ぬぞ!!」
ああ。
知っている。
だが。
――それでも。
「……俺は」
唇が、笑った。
「この人なしでは、生きられない」
なら。
一緒に、
生きる場所へ戻るしかない。
時が止まった君を。
必ず。
――俺が、連れて帰る。




