シルヴァ家の支援物資
戦争は、終わっていた。
あまりにも早く。
拍子抜けするほど、唐突に。
砦の外に広がっていたはずの地獄は、
数日も経たぬうちに痕跡だけを残し、静まり返った。
焼け焦げた地面。
砕け散った武具。
折れた旗。
風が吹くたび、
焦げた土と鉄と血の匂いが、まだ空気を撫でる。
誰も、すぐには声を上げなかった。
勝利の歓声も、万歳もない。
あまりにも多くが消え、
あまりにも一方的に、蒸発した。
――本当に、終わったのか。
その実感が、
誰の胸にも、まだ落ちてこなかった。
砦の門が開き、
戦場から戻ってきた者たちの足取りは重い。
生きている。
だが、生き残った理由が、理解できない。
あの数で。
あの差で。
生きて、ここに戻っている。
誰もが、同じ疑問を抱えながら、
ただ静かに武具を下ろしていた。
その頃。
ハーバル王国、シルヴァ伯爵邸では――
まだ、何も知らなかった。
卒業式の追放。
娘が王都から姿を消した、あの日。
時間は、そこで止まったままだった。
生きているのか。
死んでいるのか。
それすら分からず、
祈りだけが、日々を埋めていった。
だからこそ。
最初の報せは、
あまりにも唐突だった。
「……生きている?」
母の声は、震えていた。
父は、届けられた書簡を、
指が白くなるほど強く握り締めている。
そこに書かれていたのは、
短く、しかし確かな言葉だった。
――メイ・シルヴァ、生存確認。
――旧アグナス王国側にて活動中。
――戦時支援に深く関与。
生きている。
その一文だけで、
胸の奥が、軋むほど締め付けられた。
だが、次の行を読んだ瞬間、
空気が変わる。
アグナス王国側を救うため、
自ら手を差し伸べた――。
父は、ゆっくりと息を吐いた。
「……戦争は、避けられなかったか」
それは、冷静な言葉だった。
だが、その奥にある感情を、母は知っている。
戦争は、避けられない。
ならば。
娘は、その中に身を置くことを選んだ。
母は、唇を噛みしめ、目を伏せた。
「あの子らしいわ……」
優しすぎて。
現実を見過ぎていて。
それでも、見捨てられない。
父は、立ち上がった。
迷いはなかった。
「準備をしろ」
「――ハーバル王国を敵に回す」
側近が、静かに確認する。
それが、どれほど危険な選択か。
誰よりも、父自身が理解していた。
過去。
旧アグナス王国からの助力を、
ハーバル王国は、はっきりと退けた。
今、そのアグナスを支援するということは、
王国の方針に背く行為だ。
最悪の場合。
シルヴァ家は、消える。
それでも。
父は、即答した。
「構わん」
母も、頷く。
「娘が、生きている」
それ以上の理由は、存在しない。
こうして。
支援物資は、動き出した。
食料。
薬品。
治療器具。
布。
生活必需品。
再建用の資材。
必要だと考えられるものは、
すべて。
商隊が組まれ、
馬車が連なり、
国境を越え、
旧アグナス領へ向かう。
一度きりではない。
次々と。
間を置かず。
止まることなく。
砦に、最初の荷が届いた日。
倉庫の扉が開いた瞬間、
誰もが、言葉を失った。
「……多すぎる」
箱を開ければ、
今、欲しかったものが入っている。
傷薬。
包帯。
食料。
道具。
次の箱。
また次の箱。
足りないものが、ない。
まるで、
こちらの状況を、すべて把握しているかのようだった。
それは、一度きりでは終わらない。
翌日。
また翌日。
シルヴァ家の紋章を刻んだ箱が、
次々と積み上がっていく。
人々は、噂し始める。
「あの家は……本物だ」
「戦争の女神様の、実家だそうだ」
「いや……女神様そのものだろう」
戦場で、支え続けた存在。
血を流す者を救い、
前線を維持し、
生き残らせた存在。
そして今。
戦後の生活すら、
丸ごと支えようとしている。
誰もが、理解し始めていた。
メイ・シルヴァは、
ただの一人の錬金術師ではない。
ただの“メイ”ではない。
――シルヴァ家の令嬢。
その名が、
国を救う重さを持つことを。
砦の中で、
人々の視線が変わっていく。
敬意。
畏怖。
そして、崇拝。
もはや、それは信仰に近かった。
「戦場の女神様」
誰かが、そう呟く。
否定する者はいない。
砦の空に、
穏やかな風が吹く。
戦争は、終わった。
だが。
次々と届く支援物資を前に、
誰もが、直感していた。
これは、終わりではない。
これは、
アグナス王国が再び立ち上がるための――
始まりだ。
そして。
その中心に、
“彼女”がいることを。
まだ、誰も知らない。
その女神が、
生と死の境で、
静かに横たわっていることを。




