眠れない夜と、悪夢
「私は……そんなこと、してない……!」
喉が裂けるほど叫んだ。
手を伸ばして、必死に縋りつく。
「どうして……どうして信じてくれないの……?」
視界の向こうで、彼が立っている。
昔と同じ顔。
昔と同じ声。
「エリック……!」
――はっ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
跳ね起きた瞬間、
肺に冷たい空気が一気に流れ込んだ。
身体が、震えている。
歯が、かちかち鳴る。
……夢。
悪夢。
胸に手を当てると、
心臓が暴れるみたいに脈打っていた。
周囲は、暗い。
焚き火はない。
当然だ。
追手がいる可能性がある状況で、
火を焚くなんて論外。
煙も、匂いも、光も――
全部、居場所を教える合図になる。
私は、
木々の影が重なった場所を選び、
低木と藪に身を沈めていた。
葉を集め、
自分の輪郭が分からなくなるように覆う。
身体を丸め、
できるだけ低く。
……寒い。
でも、動けない。
溝状に窪んだ地形が、
かろうじて視線を遮ってくれている。
岩の影。
湿った土の匂い。
獣道らしき筋が、
すぐ近くを通っていた。
人が通らない場所。
音を立てずに移動できる場所。
選択としては、
間違ってないはず。
それでも。
闇の中で、
少しでも音がすると、
全身が強張った。
風で葉が揺れただけ。
小動物が走っただけ。
……分かってる。
分かってるのに、
呼吸が浅くなる。
動かない。
絶対に、動かない。
人の目は、
動くものを探す。
だから、
もし光を向けられても――
石みたいに、静止。
香料?
使ってない。
食べ物?
今は、出さない。
臭いも、音も、
極力、消す。
頭では理解しているのに、
心が、追いつかない。
瞼を閉じると、
さっきの夢が、また浮かぶ。
断罪の場。
広間。
視線。
――違う。
私は、やってない。
唇を噛み締める。
……お付きの者。
確認したい。
生きているか。
せめて、遺体だけでも。
でも、
戻ったら――終わる。
「……ごめんなさい……」
声にならない声で、
何度も、心の中で謝った。
本当に、ごめんなさい。
「……金、貰っちまったんでな」
あの言葉が、
耳にこびりついて離れない。
依頼。
計画的。
……じゃあ、
追手は、まだいる可能性が高い。
戻れない。
進むしかない。
でも、
どこへ?
道に沿えば、
確実に見つかる。
人は、道を使う。
追う側も、同じ。
森の中?
方向が、分からない。
でも――
生きるなら、
危険でも、道を外れるしかない。
幸い、
食料はある。
ポーションもある。
マジックバッグの中身を思い浮かべて、
少しだけ、安心する。
「……今は……」
今は、
少しでも、寝なきゃ。
体力を回復しないと、
朝を迎えられない。
私は、
無理やり目を閉じた。
呼吸を数える。
ゆっくり。
ゆっくり。
……。
………。
いつの間にか、
闇の質が変わっていた。
冷えた空気が、
少しだけ、柔らぐ。
鳥の声。
遠くで、一羽。
目を開けると、
木々の隙間が、淡く白んでいる。
――朝ぼらけ。
夜を、越えた。
眠ったのか、
気絶していたのか、
分からない。
でも、
まだ、生きている。
身体を、
ゆっくり起こす。
筋肉が、悲鳴を上げる。
でも、動く。
「……進むしか、ない」
独り言が、
掠れた声で落ちる。
道を避けて。
影を選んで。
森を、行く。
独り立ちした日から、
まだ一日も経っていないのに。
……本当に、
人生、ハード過ぎない?
そう思いながら、
私は、
朝の森へと足を踏み出した。




