衝突前夜
夜は、静かだった。
砦の灯りは最小限に落とされ、
壁の外に光が漏れないよう、布が張られている。
遠くで風が鳴るたび、松明の火が揺れ、影が壁を這った。
戦の前夜は、いつもこうだ。
騒がしくもなれず、完全に静かにもなれない。
人の気配だけが、重く、密に漂っている。
私は、机の上に並べた二本の瓶を見つめていた。
透明な硝子。
中で揺れる液体は、淡く光を帯びている。
見慣れた色。
――あの時と、同じ。
二人の命を救った。
私の原点であり、執着であり、後悔であり、誇り。
特製ポーション。
これ以上は作れなかった。
素材も、時間も、集中力も、すべて使い切った。
ノックが鳴る。
「どうぞ」
扉を開けて入ってきたのは、ルイとレオだった。
二人とも鎧姿。
戦う者の顔をしている。
私は、何も言わずに、瓶を手に取った。
一本を、レオへ。
もう一本を、ルイへ。
「……御守り」
それだけ言った。
レオは、瓶を受け取り、軽く掲げる。
「うわ。これ、あの時のだろ」
冗談めかした声。
だが、指先は慎重で、視線は瓶から離れない。
「兄貴を信じてる!」
私は、無理やり明るく言った。
レオが、肩をすくめる。
「責任感じる〜!」
軽い。
本当に、口だけなら。
でも。
その瞳は、私を捉えたまま逸れなかった。
笑っているのに、覚悟が滲んでいる。
――この人は、逃げない。
そういう目だ。
私は、ルイを見る。
彼は、瓶を手にしたまま、しばらく動かなかった。
まるで、壊れ物を扱うように、指先で硝子をなぞっている。
「ルイ」
名前を呼ぶと、ゆっくり顔を上げた。
「生き残ることだけを考えてね」
声が、少し揺れた。
勇敢に戦え、とは言えなかった。
勝て、とも言えなかった。
生きて。
それだけでいい。
それだけが、欲しい。
ルイは、一瞬、目を伏せた。
それから、静かに息を整える。
「……はい」
短い返事。
だが、逃げ道のない、真っ直ぐな声。
瓶を、胸元にしまう。
その動作が、妙に丁寧で、
まるで――私をしまっているように見えて、胸が詰まった。
「戻ってきて」
思わず、口から零れる。
レオが、わざとらしく咳払いをした。
「はいはい。生きて帰りますよー」
軽く言って、扉に向かう。
だが、出る直前で振り返った。
「……無茶すんなよ、メイ」
それは、兄貴の声だった。
扉が閉まる。
残ったのは、私とルイ。
沈黙が落ちる。
外で、誰かが武器を調整する音がした。
金属が擦れ合う、乾いた音。
「……御守り、ですか」
ルイが、ぽつりと言う。
「うん。私にとってもね」
彼は、少しだけ口元を緩めた。
「……必ず、戻ります」
それは、誓いだった。
私は、笑おうとした。
でも、上手くいかなかった。
だから、ただ頷いた。
夜は、まだ深い。
戦は、明日だ。
衝突の前夜。
静かすぎるほどの、嵐の前。




