最大強化
作業台の上に、透明な瓶を並べる。
朝からずっと、これをしている。
刻んだ薬草。
精製した魔石粉。
温度を一定に保つための魔術陣。
魔力を流す速度は、呼吸と同じ。
――落ち着いて。
自分に言い聞かせる。
失敗は許されない。
扉が、軽く叩かれた。
「入って」
返事と同時に、扉が開く。
籠を抱えたルイが、静かに入ってきた。
「失礼します」
視線が、作業台の瓶へ向かう。
数を数えるでもなく、色を見るでもなく。
ただ、理解している目。
「……今日も、ですか」
「うん」
短く答える。
「状態を確認したいの。
変化、なかった?」
ルイは首を振った。
「問題ありません。
睡眠、食事、魔力循環。
すべて、指示通りです」
律儀すぎる。
少し笑ってしまう。
「真面目ね」
そう言いながら、籠に目を向ける。
中には、焼き菓子と保存食。
「あっ、このクッキー」
思わず声が弾む。
「好き」
ルイが、目を細めた。
「覚えていましたから」
「ありがとう、ルイ」
笑顔を向ける。
それだけで、彼の呼吸が一瞬、浅くなったのに気づかないまま。
「……中へ」
作業室の奥。
簡易の観察用スペースに通す。
念のため、扉を閉め、鍵をかけた。
外から邪魔が入らないように。
ただ、それだけ。
背後で、衣擦れの音がする。
振り返ると、ルイが上着を脱いでいた。
続いて、シャツ。
迷いがない。
「……下着のままでいいから」
言うと、彼は頷いた。
久しぶりに見る気がした。
けれど、実際は、そうでもない。
痩せていた身体は、もうない。
肩のラインは滑らかで、筋肉の動きがはっきり分かる。
呼吸に合わせて、胸が上下する。
「変わりは……」
視線を走らせる。
腕。
背中。
脚。
「魔力、巡らせて」
指示すると、ルイは目を伏せ、ゆっくりと息を整えた。
皮膚の下を、淡い光が走る。
魔力回路が、滑らかに開いていく。
「……良好」
ノートに書き込む。
異常なし。
反応速度、向上。
私は、最後の瓶を手に取った。
透明。
けれど、内側で、わずかに脈打つ。
「……これは」
ルイが、静かに尋ねる。
「最大強化」
簡潔に答えた。
「理不尽と戦えるように。
ルイを護るために、さらに底上げしたの」
一切の迷いはない。
必要だった。
それだけ。
ルイは、何も言わずに瓶を受け取った。
視線を落とし、そして、笑う。
細く、静かな笑み。
「……ありがとうございます」
迷いなく、飲んだ。
喉が鳴る。
一滴も残さず。
次の瞬間。
ルイの膝が、床についた。
「……っ」
胸に手を当て、息が乱れる。
額に、汗。
「発熱……」
即座にメモ。
視線を離さない。
魔力反応、急上昇。
回路、拡張。
許容量――想定以上。
「……落ち着いて。
呼吸、整えて」
ルイは、言われた通りに息を吸い、吐く。
数拍。
やがて、震えが収まった。
「……立てる?」
「はい」
ゆっくりと立ち上がる。
足取りは、安定している。
「みせて」
近づき、確認する。
腕を上げさせ、前、後ろ。
肩甲骨の動き。
脚の踏ん張り。
「……いい子ね」
無意識に、そう言っていた。
「魔力、巡回」
ルイが従う。
光が、さっきよりも濃い。
「……回復ポーションを」
渡す。
飲む。
数値が、跳ね上がった。
――え。
ノートを見る。
もう一度、見る。
「……あれ?」
上がりすぎている。
明らかに。
頭の中で、計算が走る。
理論。
許容値。
想定。
「……これ、間違ったら」
口の中で、言葉が転がる。
「国……消し飛ぶ?」
思考が、一瞬止まった。
「……詰んだ?」
呟いた瞬間。
無意識に、クッキーを取っていた。
「……はい」
差し出す。
ルイが口を開ける。
唇が、指に触れる。
そのまま――
舌が、指先に沿った。
「……っ」
声が、漏れた。
はっとして、手を引く。
「……あっ、ごめん」
心臓が、変に速い。
ルイは、何も言わない。
ただ、こちらを見ている。
「……大丈夫」
自分に言い聞かせるように。
「これは、必要だったの。
ルイを護るために」
そう。
それだけ。
私は、ノートに視線を戻した。
数字を追い、式を組み直す。
だから気づかない。
彼の魔力が、
すでに“護られる側”を越えていることに。
そして。
この強化が、
何を守り、何を壊すのか――
考えもしないまま。




