初めての野営と、ボッチ
今、私は――
崖の中腹あたりの木に引っ掛かり、
完全ボッチで宙ぶらりんになっている。
……遺書、書いとけばよかった。
視界の端で、夜がじわじわ近づいてくる。
空はまだ青と橙の境目だけど、
風が冷たい。
枝が、ぎし、と嫌な音を立てる。
うん。
これ、普通に詰んでない?
遡ること、数時間前。
ガタゴト、ガタゴト。
小さな馬車が揺れていた。
お付きの者が手綱を握り、
私は向かいの座席で膝の上に手を置いていた。
行き先はルクス王国。
親戚がいる国。
とりあえずの、生き延び先。
……の、はずだった。
「恨みはねぇが……
金、貰っちまったんでな」
低い声。
道を塞ぐ影。
理解するより先に、
血の匂いがした。
赤く染まる御者台。
叫ぶ暇もない。
馬車は、そのまま暴走した。
――死ぬ。
そう思った瞬間、
体が勝手に動いた。
生きるために、
私は馬車のドアを開けて――
飛んだ。
……そう。
ここまでは、うまくいった。
崖の途中、
棚状に突き出た岩――レッジに、
ぎりぎり引っ掛かって。
いや、正確には。
木。
枝。
しかも、中腹。
うまくない。
全然うまくない。
私は今、
枝に体を預けたまま、
半分、宙に浮いている。
下を見たら、
深い川が、音もなく流れていた。
馬車は――
ゆっくり、沈んでいった。
……さよなら、馬車。
お付きの者の姿は、
もう見えない。
喉が、ひく、と鳴った。
独り立ちした日。
今日。
最後に、
両親が、私を抱き締めてくれた。
二人分の体温。
慣れ親しんだ匂い。
「生きなさい」
「必ず」
……うん。
もう、死にそうなんだけどね。
「お母様……お父様……
ごめんなさい……」
こんな時、
普通の人はどうするんだろう。
泣く?
叫ぶ?
気絶?
……私は、考えた。
慎重に、
マジックバッグに手を伸ばす。
落ちたら終わり。
揺らしたら終わり。
心臓が、
うるさいくらい鳴っている。
まず、姿勢。
枝先は折れる。
だから、幹に近づく。
ぎし。
ぎしぎし。
やめて。
今は、信じさせて。
腰に縄を回す。
即席ハーネス。
自分を、木に結びつける。
よし。
これで、意識を失っても即死は回避。
たぶん。
フードを被る。
頭部保護、大事。
……冷静だな、私。
内心、
めちゃくちゃ怖いのに。
「……下ると、詰む」
視線を下に落とす。
無理。
これは無理。
登るしかない。
縄を、
太い枝に回して、
セルフビレイ。
鎌で、
邪魔な細枝を払う。
間違えて、
支えになってる枝を切らないように、
めちゃくちゃ慎重に。
一歩。
岩を叩く。
大丈夫。
もう一歩。
浮き石じゃない。
……たぶん。
直上は避ける。
斜めに、
ジグザグに。
「……はぁ、はぁ……」
息が荒い。
腕が、震える。
「キツ……
体力と脳がバグってるうちに……
上がりきらなきゃ……」
考えたら負け。
怖いって認識したら、
多分、手が止まる。
だから、
考えない。
ただ、
次の一手だけ。
……。
………。
……つ、ついた……?
最後の一段を越えた瞬間、
視界が開けた。
草。
土。
地面。
私は、そのまま転がった。
仰向け。
大の字。
空が、
思ったより、綺麗だった。
笑いが、出た。
涙も、出た。
「……ハード過ぎない……?」
喉が、ひくひく震える。
生きてる。
まだ、生きてる。
……で。
ここ。
崖の上。
日、沈みかけ。
「……野営、するの……?」
初めての野営。
完全ソロ。
護衛、なし。
今日、
独り立ちしたばかりなんだけど。
……前途多難すぎない?
風が、
木々を揺らした。
私は、
深呼吸して、
マジックバッグを抱き締めた。
――生きる。
必ず。
そう、自分に言い聞かせながら。




