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元奴隷から愛される異世界生活。  作者: ChaCha


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静かな火花

夜の砦は、昼よりも輪郭がはっきりしている。

石壁に落ちる影。

松明の火が、一定の間隔で揺れる。

人の気配はあるのに、音は少ない。


見張りの交代が終わった時間。

俺は中庭を横切り、井戸の脇で足を止めた。


水を汲む必要はない。

ただ、頭を冷やしたかった。


革袋の口を緩める。

水を一口含み、喉を潤す。

冷たい。


――静かすぎる。


ここに来てから、何度目だ。

そう思ったところで、気配が動いた。


「……こんばんは」


声は、低く。

丁寧で、隙がない。


振り返るまでもなく、誰だかわかる。


「起きてたか」


俺は袋を閉じ、肩に掛けた。


月明かりの下。

ルイは、少し離れた位置に立っている。

近づきすぎず、遠すぎず。

計算された距離。


「ええ。

 夜は、どうしても」


視線が、一瞬だけ砦の建物へ向いた。

メイのいる方角。


俺は、それを見逃さない。


「……心配性だな」


軽く言う。

試すように。


ルイは否定しなかった。

ただ、静かに息を吐いた。


「当然でしょう」


その返答が、やけに重い。


俺は井戸の縁に腰を下ろし、足を組む。

剣には手を伸ばさない。

今は、その必要がない。


「守るってのはな」

「一人で抱え込むもんじゃない」


言いながら、視線を上げる。

真正面から、ルイを見る。


彼は、動かない。

剣も、魔術も、構えない。


ただ、立っている。


「……承知しています」


一拍。

それから、言葉を選ぶように続けた。


「ですが」

「彼女は、あなたの“相棒”でしょう」


その言い方が、引っかかった。


相棒。

過去形ではない。

今も、だ。


「そうだな」


俺は肯定した。

否定する理由がない。


「だから、俺は護る。

 最後まで」


言葉を、区切る。

逃げ道を作らない言い方で。


ルイの視線が、わずかに揺れた。

ほんの一瞬。

それでも、確かに。


「……俺もです」


低い声。

噛み締めるような発音。


「彼女は」

「俺を、生かしました」


俺は、黙って聞く。

遮らない。


「命だけではない。

 尊厳も、選択肢も」


彼は、感情を抑えている。

わかる。


抑えなければ、溢れるからだ。


「だから、俺は」

「彼女を護ります」


言い切った。

一切の迷いなく。


俺は、息を吐いた。


「……同じだな」


夜風が、二人の間を抜ける。

火の粉が、どこかで弾けた。


「だがな」


立ち上がる。

一歩、前に出る。


「それは“独占”とは違う」


言葉は、静かだ。

けれど、剣よりも鋭い。


ルイは、すぐには返さない。

一呼吸。

その間に、感情を沈める。


「……理解しています」


理解している。

そう言った。


だが。


「俺は」

「彼女が望まないことは、しません」


それは、宣言だった。

自分に向けた誓いでもある。


俺は、その言葉を噛み砕く。


――望まないこと。


メイは、優しい。

鈍いほどに。


「望まないってのはな」

「時々、自分でもわからないもんだ」


そう言って、肩を竦めた。


「だから、大人が止める。

 それが、役目だ」


ルイの目が、俺を捉える。

真正面から。


濁りはない。

だが、光もない。


深い。

底が見えない。


「……あなたは」

「止められますか」


問いは、短い。

だが、重い。


俺は、即答しなかった。


止められるか。

誰を。

何を。


答えは、簡単じゃない。


「必要ならな」


そう返すのが、精一杯だった。


沈黙が落ちる。

長い。


月が雲に隠れ、庭は一瞬、暗くなる。


その闇の中で、

俺は確信した。


――こいつは、退かない。


だが、今は。

まだ。


「……おやすみなさい」


ルイが、一歩下がる。

礼をする。


完璧な所作。

非の打ち所がない。


「おやすみ」


俺も返す。


彼は踵を返し、闇の中へ溶けていった。

足音は、最後まで静かだった。


俺は、その背中を見送る。


胸の奥で、小さな火花が散る。


――ああ。

これは、火種だ。


まだ燃え上がらない。

音もしない。


だが、確実に。


「……目、離せねぇな」


誰に言うでもなく、呟いた。


砦の上で、見張りの角笛が鳴る。

低く、長い音だった。


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