目を離さなかったのにコレだ
砦の夜は、静かすぎる。
風が石壁を舐める音と、遠くの見張りの足音だけが、間を埋めている。
俺は廊下の端で立ち止まり、無意識に天井を仰いだ。
深呼吸。
肺に冷たい空気を入れて、吐く。
――目を離してない。
本当に、離してない。
馬車の中でも。
街道でも。
砦に入ってからも。
それなのに。
「……はぁ」
小さく吐いた息が、夜に溶けた。
メイは生きてる。
無事だ。
笑ってるし、飯も食ってるし、相変わらず「詰んだ」とか言いながら、どうにかこうにか前に進いてる。
なのに。
胸の奥に、引っかかるものがある。
言葉にすると壊れそうで、ずっと無視してきた違和感。
――近すぎる。
誰が、とは言わない。
言わなくても分かる。
ルイだ。
最初は、ただの護衛だった。
いや、違うな。
最初は“助けた奴”だ。
助けられた方が、必死になるのは当たり前。
命を拾えば、しがみつく。
それはよくある話だ。
だから最初は、気にしなかった。
だが、今は違う。
廊下を歩くたび、
部屋に入るたび、
会話の合間。
――あいつは、必ず“そこ”にいる。
前に出すぎず。
引きすぎず。
メイが無理をする一歩手前で、必ず手が届く位置。
守っている、というより。
測っている。
どこまで許されるか。
どこまで入り込めるか。
それを、常に。
「……お前、頭いいよな」
誰に言うでもなく、呟く。
俺は剣士だ。
強さは分かる。
殺気も、敵意も、嫌というほど嗅いできた。
だが、あいつから感じるのは、それじゃない。
静かすぎる。
計算が見えない。
感情を前に出さない。
――危ないのは、そういう奴だ。
メイは気づいていない。
気づくはずがない。
あいつは昔からそうだ。
助けられてる、って感覚が先に来る。
守られてる、って安心が、疑問を押し流す。
「……詰むぞ、そのうち」
小さく言って、苦笑する。
俺がいないと死にそうなくせに。
俺がいても、死にに行く。
そんな女だ。
だから、俺が護る。
それは今も変わらない。
――死なせない。
それだけは、譲らない。
けれど。
「……守るだけで、足りるのか?」
答えは出ない。
砦の奥から、扉の開く音がした。
反射的に視線を向ける。
メイだ。
灯りに照らされた横顔は、いつも通りだ。
少し疲れていて、でも、ちゃんと前を見ている。
その一歩後ろ。
半拍遅れて、ルイがついてくる。
距離はある。
触れていない。
それなのに――
「……近い」
俺の喉が、きしんだ。
ルイがこちらを見る。
一瞬だけ、視線が合う。
何も言わない。
敵意も、挑発もない。
ただ、分かっている目。
――ああ。
お前、自覚してるな。
何を守っているか。
何を手放す気がないか。
メイが俺に気づき、手を振る。
「レオ! 何してたの?」
「見回りだよ。
危ない場所だからな」
嘘じゃない。
だが、本音でもない。
「心配性だねー」
笑う。
いつもの顔だ。
「お前が言うな」
肩を竦めて返す。
ルイは一歩引いた位置で立ち止まり、何も言わない。
それがまた、癪に障る。
――前に出ろよ。
――いや、出るな。
自分の中で、矛盾した声がぶつかる。
「……とにかく」
俺は一歩、前に出た。
自然に、メイの横に立つ。
「俺がいる。
それでいいだろ」
メイはきょとんとしてから、笑った。
「うん。
安心感!」
その言葉が、胸に刺さる。
ルイは、何も言わない。
けれど、わずかに呼吸が変わったのが分かった。
――だろうな。
俺は、あいつを見た。
「勘違いするなよ」
低く、落とす。
「俺は、護る。
それだけだ」
宣言でも、牽制でもない。
ただの事実確認。
ルイは一礼した。
完璧な所作。
崩れない姿勢。
「承知しています」
その声が、やけに静かで。
――ああ。
これ、面倒なやつだ。
メイは何も気づかず、歩き出す。
俺と、ルイを両側に置いたまま。
三人で、同じ方向へ。
「……目を離してないのに、これかよ」
喉の奥で、そう呟いた。
それでも。
俺は、護る。
最後まで。
たとえ――
守りきれないものが、増えていくとしても。
レオ




