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元奴隷から愛される異世界生活。  作者: ChaCha


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契約解除

朝の光は、冷たく澄んでいた。

砦の窓から差し込む白い日差しが、石床の凹凸を容赦なく照らす。

埃が浮き、ゆっくりと落ちていく。

時間が、動いているのが分かる。


私は、指先を見つめていた。

小さな傷。

調合でついた焦げ。

いつも通りの手。

なのに、今日は落ち着かない。


胸の奥が、薄く軋む。

音を立てない痛み。


「……やる、んだよね」


誰に向けた言葉でもない。

けれど、背中に視線を感じる。


振り返ると、ルイが立っていた。

距離は、いつもより一歩遠い。

近づかない。

触れない。


その“間”が、嫌だった。


砦の奥、静かな部屋。

厚い扉。

魔術陣が刻まれた床。

解除のための場所。


空気が、ひんやりしている。

魔力が、澄んでいる。

ここでは、誤魔化しがきかない。


「……奴隷契約の解除」


口に出した瞬間、喉が引き攣れた。

言葉の重さが、想像以上だった。


契約は、紙じゃない。

鎖でもない。

魔術で、繋がっている。


守り。

制限。

そして――繋がり。


「本来なら、もっと早くやるべきだった」


理屈は、分かっている。

彼は、もう“元奴隷”であるべきだ。

ここでは。

この土地では。


「……ごめん」


謝る理由が、分からない。

でも、言わずにはいられなかった。


ルイは、何も言わない。

表情は静か。

整っている。

いつも通りのはずなのに。


呼吸だけが、微かに速い。


魔術陣の中心に立つ。

足裏に、刻まれた線の感触。

冷たい石。

嫌な感触。


私は、詠唱を始める。

何度も練習した文言。

間違えるはずがない。


なのに。


声が、少し震えた。


「――主従の契りを、ここに解く」


魔力が、流れ始める。

空気が揺れ、光が走る。

魔術陣が淡く光る。


胸の奥が、ぎゅっと締まる。


(……あ)


何かが、引き剥がされる感覚。

痛みではない。

喪失に近い。


息が、浅くなる。


「待って」


思わず、口をついて出た。


自分でも驚く。

解除を望んだのは、私なのに。


「……待って、ルイ」


視線が合う。

彼の瞳は、澄んでいる。

澄みすぎていて、底が見えない。


「今のままじゃ、ダメなのは分かってる」


言葉が、早口になる。


「でも、急に……全部、切る必要ある?」


自分が何を言っているのか、分からなくなる。


自由。

それは、正しい。

でも。


自由が近づくほど、

胸の奥に、黒い影が広がる。


――離れる。


その言葉が、現実味を帯びる。


「……一人で、大丈夫?」


誰に向けた問いなのか。

彼か。

それとも、私か。


魔術陣の光が、強くなる。

解除は、もう止められない。


心臓が、嫌な音を立てる。


(やだ)


頭の中で、はっきりとした拒否が生まれる。

理屈じゃない。

感情だ。


(自由なのに……)


(どうして、こんなに怖いの)


魔力の流れが、途切れる。

繋がっていた感覚が、薄くなる。


まるで、

手を繋いでいた相手が、

指先から、すり抜けていくみたいに。


「……っ」


息が詰まる。


膝が、少し震えた。

踏ん張る。

倒れない。


ここで倒れたら、

全部が、言い訳になる。


「……これで」


解除が、完了する。


魔術陣の光が消え、

部屋に、静寂が落ちる。


音がない。

魔力の余韻だけが、残る。


――終わった。


はずなのに。


胸が、空っぽだ。

冷たい風が、吹き抜ける。


「……自由、だよ」


自分に言い聞かせるように呟く。


ルイは、動かない。

ただ、そこに立っている。


距離が、ある。

確実に。


(あ)


この距離を、私は知らない。


「……ねえ」


声をかけると、

彼が、ゆっくりと顔を上げる。


その瞬間。

胸が、強く締め付けられた。


何かが、違う。


同じ顔。

同じ声。

同じ立ち姿。


でも。


――繋がっていない。


それが、はっきりと分かる。


「……これで、よかったんだよね」


答えを、求める声。

震えている。


自由が、こんなに重いなんて、知らなかった。


私は、息を吸う。

吐く。

もう一度。


「……おめでとう、ルイ」


精一杯、笑おうとする。

口角が、うまく上がらない。


「これで……縛られない」


言葉の意味が、

胸に、棘のように刺さる。


縛られない。

――つまり、縛れない。


その事実が、

私を、静かに追い詰めていく。


部屋の空気が、重くなる。

石壁が、遠い。


自由は、正しい。

でも。


私は、初めて思った。


(……逃げ場が、なくなった)


次の瞬間。

自分でも気づかないうちに、

指先が、彼の袖を掴んでいた。


ぎゅっと。

離さない。


「……少しだけ」


声が、かすれる。


「少しだけ……待って」


何を。

誰を。


分からない。

でも、言わずにはいられなかった。


――自由が、こんなに怖いなんて。



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