両親との別れと、マジックバッグ
屋敷の門をくぐった瞬間、
聞き慣れた声がした。
「卒業おめでとう」
柔らかく、少し誇らしげな声。
玄関先には、父と母が並んで立っていた。
いつもと同じ笑顔。
いつもと同じ光景。
……の、はずだった。
足を止めたまま、
私はその場から一歩も動けなかった。
母が、最初に気づいた。
私の表情。
歩き方。
呼吸の浅さ。
「……メイ?」
駆け寄ってくる足音。
何かを言う前に、
母の腕が私を包んだ。
ぎゅっと。
逃がさないみたいに。
その瞬間、
胸の奥で必死に堪えていたものが、
一気に溢れ出した。
「……っ」
声にならない。
息だけが、震える。
母の胸元に顔を埋めた途端、
視界が滲んだ。
「何にも……してないのに……」
言葉が、途切れ途切れになる。
「婚約、破棄で……国外追放、だって……」
ぽた、と。
床に、涙が落ちた。
母の腕が、強くなる。
父の足音が、ぴたりと止まった。
――息を飲む音。
しばらく、誰も言葉を発しなかった。
空気が、張り詰める。
やがて、父が低く言った。
「詳細を確認する。
関係者を集めろ。
今日中にだ」
短く、的確な指示。
屋敷の者たちが、静かに動き出す。
私は、母に抱き締められたまま、
その音を聞いていた。
夕方。
窓の外が、橙色に染まる頃。
応接室の空気は、重く沈んでいた。
報告は、簡潔だった。
そして、残酷だった。
――覆らない。
無実であること。
証拠がないこと。
それでも、決定は撤回されない。
国外追放。
その言葉が、
正式なものとして、部屋に落ちた。
「……そうか」
父は、それだけ言った。
拳を握り締めているのが、分かる。
母は、唇を噛んでいた。
泣かない。
今は、泣かない。
「ルクス王国に、親戚がいる」
父が、すぐに次を考える。
「そこへ向かえるよう、手配する。
道中、困ることがないように」
それからは、早かった。
マジックバッグが運ばれてくる。
一つ、二つ、三つ。
……いや、一つだ。
外見は。
中に詰め込まれていくのは、
衣類、薬、保存食、現金、宝石、書類。
旅用の装備。
護身用の道具。
「まだ入るわね」
「入れられるだけ、入れよう」
母と父が、言葉少なに確認し合う。
最大量まで。
限界まで。
重くなるはずなのに、
バッグは静かなままだ。
お付きの者が、一名。
信頼できる人を選んでくれた。
「命を取りに来る可能性がある」
父の声は、低く、硬い。
「……だから、早急に立て」
頷くしかなかった。
分かっている。
ここに留まる方が、危険だ。
それでも。
最後に、
両親が、私を抱き締めた。
二人分の体温。
慣れ親しんだ匂い。
「生きなさい」
「必ず」
言葉は、少ない。
でも、
それで十分だった。
私は、
こんな形で、独り立ちすることになった。
祝福も、猶予もない。
ただ、生き延びるために。
マジックバッグの重みが、
そのまま、
両親の想いの重さみたいで。
胸が、きゅっと痛んだ。
それでも、
私は、前を向くしかなかった。




