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元奴隷から愛される異世界生活。  作者: ChaCha


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優秀なシルヴァ家の令嬢

扉が閉まったあとも、

部屋の中には、さっきまでの空気が残っていた。


柔らかな絨毯。

手入れの行き届いた調度。

客室としては申し分ない。


……良すぎる。


私は、部屋の中央で立ち尽くしたまま、

ゆっくりと息を吐いた。


「……えっと」


状況を整理しようとするけれど、

頭の中が追いつかない。


旧アグナス王国。

砦。

殿下。

ルイ。


(……で、私は今、

 なんでこんな綺麗な部屋に……?)


コンコン、と控えめなノック。


返事をする前に、扉が開く。


入ってきたのは、

年若いが身なりの整った女性だった。


侍女だろう。

姿勢が良く、無駄な動きがない。


「メイ様。

 お疲れでしょう。お茶をお持ちしました」


そう言って、

私の返事を待たずに、

静かに卓へと茶器を置く。


……“様”。


ここでも、そう呼ばれる。


「ありがとうございます……」


戸惑いながら答えると、

侍女は柔らかく微笑んだ。


「噂通り、お優しい方ですね」


噂?


その言葉に、胸がざわつく。


侍女はそれ以上何も言わず、

一礼して部屋を出ていった。


入れ替わるように、

廊下から声が聞こえる。


ひそひそと、

だが、はっきりと。


「あの方が……」


「ええ、間違いないわ」


「シルヴァ家の……」


「首席だった、と……」


私は、思わず息を詰めた。


(……ちょっと待って)


扉越しに聞こえる声は、

悪意も好奇心もない。


ただ、

確認と評価だけが混じっている。


それが、妙に怖かった。


しばらくして、

扉が再びノックされる。


今度は、レオだった。


「……入るぞ」


「う、うん」


部屋に入ったレオは、

ぐるりと一度、室内を見回し、

小さく頷いた。


「完全に客人扱いだな」


「うん……」


「いや、“客人”じゃないな」


レオは、ため息をついた。


「――重要人物だ」


その言葉で、

胸の奥が、きしりと音を立てる。


「……レオ?」


「悪い。

 気づくの、遅れたわ」


彼は、壁に背を預け、

腕を組む。


「ここ、もう逃げ道が少ない」


その声音は、

冗談を言う時の軽さがなかった。


私は、言葉を返せない。


その時、

もう一度ノックが鳴った。


「……入ります」


声の主は、ルイだった。


扉を閉め、

一歩、部屋に入る。


彼は、いつものように私を見て――

しかし、すぐに視線を逸らした。


「……少し、お話ししても?」


その言葉に、

私は反射的に頷いた。


レオが察したように肩をすくめる。


「俺は外にいる」


そう言って、

部屋を出ていった。


静かになった室内で、

ルイは、少しだけ言葉を探すように間を置いた。


「……隠していたことがあります」


胸が、どくんと鳴る。


「私は……

 アグナス王国の第三王子です」


やっぱり、という思いと、

それでも実際に聞く重さ。


「……敗戦後、身分を失い、

 王家は散り散りになりました」


淡々と語られる過去。


「私は、捕らえられ、

 名前も、立場も、すべてを失いました」


声は、落ち着いている。


だが、その裏に、

どれほどの時間があったのか。


「……あなたに拾われるまで、

 自分が何者だったかを、

 思い出すことも許されなかった」


そこで、

ルイは一度、言葉を切った。


「ですが……

 あなたと過ごす中で、

 少しずつ、思い出してしまった」


視線が、私に戻る。


「ここへ来て、

 それが……確信に変わりました」


私は、しばらく何も言えなかった。


そして、

ようやく。


「……ルイ」


呼びかけると、

彼は、ほんの少しだけ肩を震わせた。


私は、頭を抱えた。


「……待って」


深呼吸。


「王子様に……」


一つ、指を折る。


「人体実験……」


二つ。


「餌付け……」


三つ。


「お小遣い……」


四つ。


「頭なでなで……」


五つ。


数えきれない。


「……詰んだ!!」


思わず声に出た。


その場にしゃがみ込み、

両手で頭を抱える。


「私、

 王子様に何してきたの……!?」


心臓が早鐘を打つ。


王子様に。

王子様に。

王子様に。


「……あの、メイ様」


ルイが、困ったように声をかける。


私は顔を上げ、

必死に言い訳をする。


「ち、違うの!

 知らなかったし!

 普通に人だと思ってたし!

 というか、今も人だけど!」


意味が分からない。


「……失礼があったなら」


「失礼とかじゃない!!

 立場的にアウト!!」


叫んでから、

はっと気づく。


――でも。


誰も、

怒っていない。


責めてもいない。


むしろ。


「……あなたは、

 何一つ、間違っていません」


ルイの声は、

静かで、確信に満ちていた。


「私は……

 あなたに救われました」


胸が、ぎゅっと締めつけられる。


その時、

私はようやく理解した。


この国では。

この場所では。


私は、

 丁寧に扱われすぎている。


そしてそれは、

偶然でも、誤解でもない。


逃げ道が、

ひとつ、またひとつと、

音もなく消えていく。


その中心に、

私自身がいるのだと。


(……これ、

 想像以上に……)


私は、もう一度、

小さく呟いた。


「……詰んだ……」


ルイは、

その言葉を聞いて、

何も言わなかった。


ただ、

静かに、そこに立っていた。


――まるで、

最初から、

ここにいるのが当然だとでも言うように。


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