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元奴隷から愛される異世界生活。  作者: ChaCha


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違和感は、礼儀の顔をして

旧アグナス王国領へ入って三日目。

私たちは小さな馬車を買った。


「これでだいぶ楽になるねー」


そう言いながら、私はふかふかのクッションを敷き直す。

馬車の揺れは多少あるけれど、徒歩よりは天国だ。


馬の手綱を取ったのはレオだった。

慣れた手つきで馬を操り、悪路でも進路を迷わない。


「兄貴、なんでも出来るね!」


少し大げさに言うと、レオは肩越しに振り返って笑った。


「惚れ直した?」


「バッカだー!」


軽口を叩き合う。

こういう空気は久しぶりで、少し嬉しかった。


一方で、ルイは静かだった。


旧アグナス王国へ足を踏み入れてから、

彼はずっと、何かを考え込んでいるように見えた。


表情はいつも通り穏やかで、

私の世話も、警戒も、魔術の準備も完璧。


けれど、視線だけが――

遠くを見ているような、内側を覗き込んでいるような。


「ルイ?」


声をかけると、すぐにこちらを向く。


「はい。どうしましたか、ご主人様」


いつもと同じ。

だから私は、それ以上踏み込まなかった。


風景は、確かに荒れていた。


かつて整備されていたはずの街道には、

魔術陣の名残が歪んだまま放置されている場所が多い。


石畳の下に埋め込まれていたはずの魔力線は途切れ、

本来なら近寄らないはずの魔物が、昼間から闊歩していた。


「……治安、あんまり良くないね?」


ぽろっと零した私の言葉に、

レオは小さく鼻で笑う。


「再興途中の国なんて、そんなもんだ」


言い終わるより先に、

街道脇の茂みから魔物が飛び出してきた。


レオが、軽く剣を振る。

重さを感じさせない一撃で、魔物の動きが止まる。


同時に、ルイが足元へ魔術陣を展開した。


逃げ道を塞ぎ、動きを縫い止める。

連携は、言葉すらいらない。


「はい、終了」


あまりにもあっさりしていて、

私は拍子抜けする。


「……のんびりだね」


「危険なのは数が揃った時だけだ」


レオが剣を拭いながら言った。


魔物の気配が消えたあと、

私はマジックバックから干し芋を取り出す。


「はい、あーん」


自然な動作でルイに差し出すと、

彼は一瞬だけ、ほんの一瞬だけ目を見開いてから、口を開けた。


「……ありがとうございます」


噛みしめるように食べる姿が、少し可笑しい。


私はそのまま、彼の頭を撫でる。


なでなで。

にこにこ。


瞳が絡む。


理由は分からないけれど、

その瞬間、胸の奥がふっと温かくなった。


「俺の分とっといてくれよ!?」


馬を操りながら、レオが振り返って叫ぶ。


「はいはい、あとでねー!」


そんなやり取りをしながら、

私たちはゆっくりと旧アグナスの奥へ進んでいった。


――その“ゆっくり”が、

これから失われていくとも知らずに。



十日後。


シュタット砦が見えてきた。


灰色の石で築かれた堅牢な砦は、

遠目にも威圧感があり、再興中とは思えないほど整っている。


「ここが、最後の大きな砦だね」


私はそう言って、素直に感心した。


人の往来も多く、

兵士たちの動きも統制が取れている。


「治安、いいじゃん」


その一言に、

レオの肩が、ほんのわずかに強張った。


砦に近づくにつれ、

周囲の視線が増えていく。


――いや、正確には。


増えているのは、ルイに向けられた視線だった。


露骨ではない。

じっと見つめるわけでもない。


ただ、

すれ違う兵士が一瞬だけ姿勢を正す。

視線を伏せる。

呼吸を止める。


その全部が、

礼儀の範疇に収まっている。


だからこそ、私は気づかなかった。


「……?」


砦の正門に入ろうとした、その時。


案内役の兵が、

私たちを別の門へと導いた。


「あれ?正門じゃないんだ」


そう言うと、兵は丁寧に頭を下げる。


「こちらへ」


理由は言わない。

ただ、失礼のない態度で。


あれよあれよという間に、

私たちは砦の内部深くへ通された。


通路は静まり返り、

足音だけが響く。


「……なんか、尋問コースじゃない?」


冗談めかして言った私に、

レオは小さく息を吐いた。


「……気づいたか」


「え?」


その時、扉が開いた。


通された部屋は、簡素だが広い。

机の向こうには、

シュタット砦の最高責任者と思しき人物が座っていた。


背筋を伸ばし、

視線は――真っ直ぐ、ルイへ。


その瞬間、

空気が変わった。


重い。

静かで、逃げ場がない。


私はようやく、

胸の奥で警鐘が鳴るのを感じた。


(……いつの間にか、詰んだ!?)


何もしていない。

本当に、何も。


ただ国境を越えて、

馬車を買って、

魔物を倒して、

干し芋を食べただけなのに。


――違和感は、

笑顔も敵意も伴わず、

礼儀の顔をして、もう隣に座っていた。


次の瞬間、

何が告げられるのか。


私はまだ、

知らないままだった。


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