眠るご主人様を思って
……眠っている。
湯を浴びたあと、
彼女はほとんど言葉を残さず、ベッドに沈んだ。
髪は、まだ少し湿っている。
石鹸の匂い。
あの、甘い香り。
余程、疲れていたのだろう。
呼吸はすぐに整い、
静かな寝息が、部屋を満たした。
俺は、しばらく動けなかった。
――抱き締めた瞬間。
胸の奥が、ひくりと跳ねた。
温かい。
軽い。
確かに、ここにいる。
同時に。
失う恐怖が、遅れて襲ってくる。
もし、今。
目を覚まさなかったら。
もし、
この温度が消えたら。
指先が、震えた。
俺も、相当に緊張していたのだと知る。
親しげに。
当然のように。
――俺の女神を、腕に抱く男。
息が、詰まる。
それは、ほんの一瞬の光景だったはずなのに。
視界に焼き付いて、離れない。
吐息が、漏れた。
……欲しい。
俺が。
この腕で。
俺だけが。
彼女を、抱くべきなのに。
思考が、熱に溶ける。
理性は、言葉を失い。
感情だけが、残る。
渇望すればするほど。
甘さと、恐怖が混じる。
与えられること。
必要とされること。
それが、どれほど恐ろしいか。
同時に、どれほど救いになるか。
――愛。
彼女は、与える。
惜しみなく。
無自覚に。
あの唇で、
「好き」と言って。
あの瞳で、
俺を見る。
撫でる手。
声。
香り。
すべてが、
俺を肯定する。
布を、握る。
きつく。
逃げ場を失くすみたいに。
指に、力が入る。
身体が、熱い。
呼吸が、乱れる。
……震える身体。
布が白く染まる。
ここまで、壊れているとは思わなかった。
俺の、女神様は、おかしい。
俺が、ここにいるのに。
平然と、他の腕に身を預けるなんて。
……消えてくれないかな。
あいつ。
そんな考えが、
自然に浮かぶ自分に、
もう驚きもしない。
眠る彼女を、
起こさないように。
俺は、静かに乱れた息を整えた。




