魔物に囲まれて
木々の隙間が、少しずつ開けてきていた。
地面は踏み固められ、草丈も低い。
――街道だ。
見える。
確かに、見えている。
木立の向こう。
淡く開けた空間。
人の往来が作った、あの一直線。
「……もう少し」
思わず、声が漏れた。
走れば。
本当に、走れば届く距離。
穴を抜けて。
暗闇を越えて。
やっと、ここまで来た。
……その時。
低く、喉を鳴らす音。
一つじゃない。
前。
横。
後ろ。
空気が、変わる。
私は、足を止めた。
「……囲まれてる」
視線を巡らせる。
灰色。
褐色。
鋭い牙。
ウルフ。
街道を背に。
私たちは、森側に押し戻される形。
距離は、まだある。
だが、円は、確実に狭まっている。
「……もうダメだ。詰んだ」
冗談じゃない。
今回は、本当に。
街道が、見えているのに。
助かりそうなのに。
届かない。
ルイが、一歩前に出る。
剣を構え。
魔術陣が、静かに展開される。
彼の背中は、揺れていない。
だが、私は知っている。
疲労は、蓄積している。
無理は、できない。
「……これは……もう……」
言葉の先が、出なかった。
ウルフが、動く。
前脚が、沈み。
一斉に、地を蹴る。
その瞬間。
スパーン!!
乾いた音。
一頭が、真横に吹き飛んだ。
スパッ。
ドンッ。
スパッ。
風を裂く音。
骨を断つ音。
速い。
明るい。
迷いがない。
「……え?」
目が、追いつかない。
剣が、踊る。
狼が、崩れる。
そして。
「相変わらずだな」
聞き慣れた声。
軽くて。
余裕があって。
視線の先。
陽の中に立つ男。
剣を肩に担いで。
まるで、散歩の途中みたいに。
「レオー!!!」
声が、跳ねた。
頬が、勝手に緩む。
胸が、一気に軽くなる。
さっきまでの恐怖が、
嘘みたいに引いていく。
最後の一頭が、逃げる。
静寂。
レオは、振り返ると、
満面の笑みで両手を広げた。
「ほーら!
無事だろ?
飛び込んでこーい!」
その軽さ。
その明るさ。
緊張感が、まるで存在しなかったかのよう。
「バカ!」
言いながら、走る。
ぎゅっ。
勢いのまま、抱きついた。
「……生きてたか」
「生きてた!
詰みかけたけど!」
「それは、いつものことだな」
笑う。
肩を叩く。
街道は、もうすぐそこ。
人の声が、かすかに聞こえる。
その横で。
ルイは、動けずにいた。
光の中。
再会を喜ぶ二人。
距離が、近い。
遠慮が、ない。
レオの明るさは、
場を一瞬で塗り替える。
太陽みたいだ。
――対して。
自分は、影だ。
守るために前に出る。
黙って支える。
気配を消す。
それが、正しいと信じてきた。
だが。
「こちらは?」
レオの視線が、向く。
軽い。
でも、鋭い。
メイが、振り返る。
「私の――」
そこで、言葉が止まった。
ほんの一瞬。
だが、確かに。
ルイの中で、何かが歪んだ。
……元相棒。
この男は、
メイの“過去”を知っている。
自分が知らない時間。
自分がいなかった場所。
敵意が、湧く。
はっきりと。
明確に。
けれど。
表情は、崩さない。
一歩下がり。
礼を取る。
完璧な所作。
王子の仮面。
レオの明るさ。
ルイの静けさ。
その差は、
あまりにも、はっきりしていた。
街道は、もう目の前。
助かった。
確かに。
――だが。
この再会は、
安心だけでは、終わらない。
ルイは、理解してしまった。
奪われる可能性が、
現実として存在することを。
それを。
初めて、
はっきりと、
自覚した瞬間だった。
誤字脱字修正しましたm(_ _)m




