断罪後、広間を出るまでの地獄
空気が、重たい。
凍っていたはずの広間が、今度はじわじわと溶けていく。
その溶けた部分から、視線と囁きが滲み出してくる。
誰も、拍手をしない。
誰も、声を張り上げない。
それなのに、音だけは確かにあった。
ひそ。
ひそひそ。
抑えきれない好奇心と、少しの優越感が混じった音。
……やめて。
足の裏に、大理石の冷たさが突き刺さる。
一歩も動いていないのに、
まるで床が勝手に後ずさりしていくみたいだった。
追放。
国外。
さっき告げられた言葉が、頭の中で何度も反響する。
意味が分からない。
理解しようとすると、胸の奥がぎゅっと縮む。
視線が痛い。
背中に、肩に、頬に。
見られている、というより、値踏みされている感覚。
――ああ、これ。
これ、知ってる。
前世の記憶じゃない。
学園生活の中で、何度も見てきた光景だ。
噂が生まれる瞬間。
誰かが「落ちた」と認識された瞬間。
視線の端で、茶髪の令嬢が口元を押さえている。
驚き? 同情?
それとも、少し楽しい?
近くにいた男子学生が、友人の耳元で何か囁いた。
その友人が、こちらを見て、すぐに目を逸らす。
……見なくていい。
見なくていいから、囁くな。
心臓が、やけにうるさい。
さっきまで流れていた脳内BGMが、急に遠くなる。
代わりに、現実の音が押し寄せてくる。
衣擦れ。
靴音。
小さな笑い声。
全部が、私に向けられている。
「……」
喉が、張り付いたみたいに動かない。
何か言うべき?
否定?
抗議?
――無理。
だって、相手は王子で。
ここは、断罪の場で。
もう、決定事項として告げられた。
視線を上げると、
まだ中央に、二人は立っていた。
守られる側の令嬢。
守る側の王子。
完璧な構図。
誰も疑わない、誰も逆らわない。
ああ、そりゃそうだ。
ゲームでも、ここはヒロインのターン。
私は――
もう、役目を終えたキャラ。
そう思った瞬間、
胸の奥で、なにかがぷつりと切れた。
笑いそうになる。
いや、笑えない。
でも、可笑しい。
卒業式。
人生の節目。
そこで国外追放。
……重すぎない?
キャパ、完全オーバー。
足が、ようやく動いた。
自分でも驚くくらい、ぎこちない一歩。
床に響く靴音が、やけに大きい。
私が歩くたび、囁きが一瞬だけ止まり、
また、倍になって戻ってくる。
通路が、やたら長く感じる。
出口が、遠い。
祝福用の花飾りが、壁に残っている。
さっきまで、綺麗だと思っていたのに。
今はただ、場違いで、目に痛い。
――早く、出たい。
それだけを考えて、歩いた。
背中に向けられる視線から逃げるように。
噂が形になる前に。
名前が、侮蔑に変わる前に。
扉の前に立った瞬間、
少しだけ、呼吸が楽になる。
ここを出たら、
もう、この広間には戻らない。
そう思った途端、
なぜか胸の奥が、ひどく冷えた。
扉に手を伸ばす。
指先が、冷たい。
――あ。
こんな時でも、
ちゃんと冷たいんだ。
どうでもいいことに、
少しだけ、安心してしまった。
扉が、重く音を立てて開く。
外の廊下は、静かだった。
私は、振り返らない。
振り返ったら、きっと、
もう一度、あの視線に捕まってしまう。
だから、そのまま、歩き出した。
追放された元悪役令嬢としての人生が、
静かに、ここから始まるなんて――
まだ、この時は、思いもしなかった。




