出口という名の、選択
花畑(※)は、静かになった。
※なお、現実はとても花畑ではない。
魔物の気配が、完全に消える。
空間に残るのは、土と血と、焦げた魔力の匂い。
私は、深く息を吐いた。
「……はぁ。
生きてる」
言葉にすると、実感が湧く。
横穴を抜け、
少し開けたこの場所。
天井は低いが、
先ほどまでの“這い進むだけの暗闇”とは違う。
立てる。
周囲を見渡せる。
――それだけで、希望だ。
ルイは、すでに周囲を確認していた。
壁。
天井。
床。
戦闘の直後だというのに、
呼吸は乱れていない。
……強い。
「怪我は?」
そう聞くと、
彼は首を振った。
「ありません。
……ご主人様は」
「私は、ちょっと疲れただけ」
ポーションは、まだある。
魔力も、余裕がある。
だが。
「……問題は」
私は、前方を見る。
闇の中。
道が、二つ。
右は、
さらに奥へ続く横穴。
左は、
わずかに、上向き。
……どちらも、暗い。
「分岐、ね」
嫌な言葉だ。
上向き。
それだけ聞けば、希望に見える。
だが。
“見える”ということは、
魔物も、通っているということ。
奥へ続く道。
安全かもしれない。
だが、出口がある保証はない。
私は、地面にしゃがみ込み、
指で土を掬った。
湿り気。
だが、水音はない。
「……空気」
手を伸ばす。
肌に触れる風。
「……左、かな」
ほんのわずか。
だが、流れがある。
ルイも、同じ結論に至ったようだ。
「上へ、ですね」
即答。
……迷いがない。
「決まりね」
私は、立ち上がる。
怖い。
正直、怖い。
でも。
「行こう。
戻れなくなる前に」
ルイは、頷いた。
横に並ぶ。
距離は、近い。
――気づいてしまう。
穴に落ちてから。
ずっと。
私たちは、
一度も離れていない。
怖い時。
詰んだ時。
判断する時。
必ず、隣にいる。
……頼もしい。
進む。
上向きの道は、
緩やかだが、長い。
足元は不安定。
ところどころ、崩れやすい。
慎重に。
一歩ずつ。
途中。
何度も、振り返る。
……戻れる距離。
まだ、大丈夫。
「……音、します?」
私が小さく聞く。
「……ええ。
上です」
水音。
違う。
風。
「……外、かな」
胸が、きゅっと鳴る。
期待すると、
裏切られた時が怖い。
だから、
口には出さない。
進む。
進む。
どれくらい、歩いた?
脚が、重い。
でも、止まれない。
そして。
前方に、
――光。
「……っ」
思わず、息を呑む。
小さい。
細い。
でも。
確かに、
“外”の色。
「……出られる」
声が、震えた。
ルイは、
何も言わなかった。
ただ、
一歩、前に出る。
慎重に。
警戒を解かずに。
最後の角を曲がった瞬間。
風が、
一気に流れ込んだ。
空気が、違う。
冷たくて。
澄んでいて。
「……外だ」
視界が、開ける。
木々。
空。
――夕焼け。
「……詰んでなかった」
思わず、笑う。
足から、力が抜けた。
私は、その場に座り込んだ。
「……助かった」
本心だった。
ルイは、
少し遅れて、外に出た。
周囲を確認し、
安全を確かめてから。
そして。
「……よかった」
その一言が、
やけに、重かった。
私は、気づいていない。
この数日で。
私がどれほど、
彼にとって“失えない存在”になったか。
でも。
空の下で。
ふたりで、生きている。
今は、それでいい。
「さて」
立ち上がる。
「次は、
どうやって街に戻ろうか」
――選択は、
まだ、続いている。
けれど。
もう、
暗闇の中ではない。
そう思えるだけで、
胸が、少し軽くなった。




