穴暮らし
次は、どうやって出る?
そう考えた瞬間。
遅れて、全身が震え始めた。
――生きている。
その事実が、今になって追いついてくる。
落ちた瞬間。
世界が、反転した。
空が消えて。
地面が迫って。
音が、引き延ばされた。
重力が、牙を剥く。
――死ぬ。
はっきり、そう思った。
叫ぶ暇もなかった。
身体が、凍りついた。
その瞬間。
強く、引き寄せられた。
背中に、腕。
胸に、衝撃。
ルイだった。
抱き締める、というより。
押し込める、に近い。
同時に、
金属が壁を削る音。
ぎぃ――っ、と。
嫌な音。
彼の剣が、
穴の壁に叩きつけられていた。
火花。
振動。
衝撃が、何度も刻まれる。
落下速度が、削がれる。
一段。
また一段。
身体が、彼の胸に固定される。
「――っ」
声が、出なかった。
地面が、ぶつかる。
鈍い衝撃。
内臓が、揺れる。
視界が、白く飛んだ。
……生きてる。
呼吸が、戻る。
心臓が、暴れる。
耳鳴りの中で、
聞こえた声。
「……大丈夫です」
あまりにも、近い。
その時、初めて。
私は、自分が抱き締められていることを理解した。
――死ななかった。
それだけで、
膝から力が抜けた。
今は、穴の底。
土の匂い。
湿った空気。
上は、遠い。
……詰んでる。
内心では、
とんでもなく、詰んでる。
十メートル以上。
垂直。
夜が来る。
理屈で考えたら、
どう考えても詰み。
でも。
「……いったん、落ち着きましょう」
ルイが、そう言った。
落ち着く。
この状況で?
でも。
彼の声は、落ち着いていた。
野営の準備が始まる。
マジックバックから、次々に物が出てくる。
敷物。
クッション。
灯り。
……え。
私は、
ふわふわの敷物に横になっていた。
果実酒。
皿に盛られた干し肉とおつまみ。
……なにこれ。
穴の底なのに。
さっきまで、死ぬと思ってたのに。
「……快適だな」
ぽろっと、漏れた。
自分でも、驚く。
ルイを見る。
次に、おつまみを見る。
……あ。
この味。
「好き」
そう言って、ルイを見る。
君、わかってるね。
彼は、少し照れたように笑った。
その表情が、あまりにも自然で。
独りじゃないって。
こういうことか。
内心は、
まだ詰んでいる。
横穴がある。
魔物が掘った穴だ。
考えたら、
ぞっとする。
ワーム。
地中系。
考えちゃダメ。
魔物避けを、
即座に、広めに振りまく。
……よし。
果実酒を、ぐび。
「ぷはー!」
心拍が、落ちていく。
「ルイ。
おいで」
手招き。
近づいた頭を、なでる。
干し肉をちぎって。
「はい。
あーん」
素直に、口を開ける。
……可愛い。
餌付けしながら、
呼吸が整っていく。
身体が、ぽかぽかしてくる。
顔も、熱い。
あれ?
……大丈夫だな。
さっきまで、
死んでた恐怖があったのに。
今は。
「……眠い」
ふたりだからだ。
独りだったら、
絶対に眠れない。
「……おやすみ。
ご主人様」
低い声。
近い距離。
安心感が、
そのまま重さになる。
意識が、
静かに落ちた。




