既成事実の誘惑。
弟子は、卒業だ。
そう言われた瞬間。
胸の奥で、何かが冷たく落ちた。
越えた。
並んだ。
認められた。
それなのに。
終わりの音だけが残った。
俺は、分かっている。
弟子という立場は、期限付きだ。
役に立つから。
教える意味があるから。
そばに置かれていただけ。
――なら。
役に立ち続ければいい。
弟子じゃなくなっても。
護衛でもなくなっても。
従者という言葉が消えても。
「いないと困る」
その位置にいればいい。
倫理?
そんなものは、とうに壊れている。
人以下として扱われ。
物として売られ。
捨てられかけた。
生きるために、
境界線は全部、踏み潰した。
だから俺は、
“正しさ”じゃなく“最短”を選ぶ。
メイは、危なっかしい。
詰んだ。
詰みかけた。
危ない。
何度も、何度も。
なら。
俺がいなければ詰むようにすればいい。
家事。
補助。
錬金助手。
最初は、自然に。
次は、当たり前に。
気づいたら、
「任せている」
「頼っている」
その先。
「いないと、回らない」
そうなれば、
誰も俺をどかせない。
彼女は優しい。
だから、切り捨てない。
合理的じゃない。
だから、情で選ぶ。
俺は、それを知っている。
今の距離は、心地いい。
壊したくない。
だから、今は踏み込まない。
でも。
“踏み込める”と知っていることが、
俺を落ち着かせる。
既成事実。
触れることじゃない。
抱くことでもない。
――生活だ。
俺がいないと、
朝が回らない。
昼が整わない。
夜が終わらない。
気づいた時には、
「詰んでいる」
メイは、きっとこう言う。
「……あれ?
ルイがいないと、無理なんだけど」
その時、
俺は隣にいる。
逃げ道は、
もうない。
今日も、
俺の好物を覚えている。
今日も、
俺の動きを当たり前に受け入れている。
今日も。
俺の女神様は、おかしい。
――だから。
俺が、壊さないといけない。
優しさのまま、
安全なまま、
逃げられない形に。
それが、
俺が生き延びる唯一のやり方だ。
理性は、
ちゃんと働いている。
だから今は、
まだ。
詰ませない。
……準備を、しているだけだ。




