人体実験
「ほーら、肉よ~」
串に刺した焼き肉を、目の前で揺らす。
脂が落ちて、ぱち、と小さく火花が弾いた。
香ばしい匂いが、部屋に満ちる。
ルイの喉が、ごくりと鳴った。
震えていた唇が、肉の匂いに反応する。
次の瞬間。
ほわっと。
表情が、ほどけた。
……あ。
可愛い。
頬の筋肉が緩む。
目尻が、わずかに下がる。
警戒が、完全に解けた顔。
「ふふ。
いい反応」
餌付けは、続いている。
基本は、自分で食べて?
そう言っている。
でも。
たまに、こうしてあげたくなる。
この、なんとも言えない可愛さ。
伝わる?
雛鳥が、餌を待つときの顔。
あれだ。
「良い子ね~。
はやく大きくなるのよ~」
串を口元に近づける。
ルイは、少し迷ってから、そっと噛みつく。
咀嚼。
顎の筋肉が、規則正しく動く。
以前より、力がある。
ふふふ。
この一ヶ月で、
ルイの身体は確実に変わった。
肩回り。
鎖骨の下。
胸郭。
筋肉の付き方が、均一になってきている。
飢餓状態特有の、痩せ方が消えた。
血色もいい。
肌の張りも、戻ってきた。
成果が、分かりやすい。
育てがいがある。
「はい。
今日も、ポーション飲んでね」
透明な瓶を渡す。
中で、淡く光が揺れている。
ごくり。
これは、筋肉強化。
これは、魔力巡回補助。
これは、回復促進。
私は、完全に研究者の目になる。
「身体、見せて」
声をかけた瞬間。
ルイの肩が、びくっと跳ねた。
一瞬の躊躇。
それから、覚悟を決めたように。
服を脱ぐ。
「……はい。
ご主人様」
……呼び方はさておき。
「あっ。
下着は、そのままで」
ノートを開く。
ペンを持つ。
日差しが、窓から差し込み。
肌の凹凸が、はっきり見える。
「腕、上げて?」
従う。
上腕二頭筋が、きゅっと盛り上がる。
まだ細いけれど、芯がある。
筋繊維の走行。
左右差。
可動域。
じーっと観察。
「そう。
良い子ね」
背後に回る。
肩甲骨の動き。
背筋。
姿勢が、いい。
無意識に、身体を整えている。
前に回る。
「魔力巡回、開始」
視線を、身体の内側へ向ける。
魔力の流れを、感覚でなぞる。
心臓から。
背骨沿いに。
四肢へ。
……滑らか。
滞りは、ない。
以前あった、微細な引っかかりも消えている。
「異常なし」
メモを書く。
ペンが、走る。
筋力強化ポーション、
魔力巡回補助、
相互干渉なし。
臨床観察。
そう書いておけば聞こえはいい。
……やってることは、人体実験だけど。
「服、着ていいわ」
安堵したように、息を吐く音。
衣擦れの音が、耳に届く。
テーブルの上。
クッキーが残っている。
一枚、取る。
「はい。
あーん」
ルイは、迷いなく口を開ける。
ぱく。
咀嚼。
飲み込み。
表情が、ふっと緩む。
……嬉しそう。
その笑顔。
「好き」
思わず、口に出た。
可愛い。
私も、自然に笑っている。
うむ。
順調に、うちの子が育っている。
それが、純粋に嬉しい。
「餌付けする手が、止まらないわ~」
悪意は、ない。
管理は、している。
善意だと、思っている。
研究。
観察。
補助。
全部、生きるため。
さあ。
今日も、ポーションを作ろう。
火を起こす。
器具を並べる。
背後で、服を着終えた音がする。
その音を聞きながら。
私は、今日も日課をこなす。
――生存補助。
それだけの、はずだった。
……この時点では。




