女神祭り、始まる
今日も、自分の胃のために――
グビっとねー!
「……ん?」
喉を通った瞬間、首を傾げる。
「効きが、弱くなっている気がする!!」
自作の胃薬ポーション。
かつては一口で世界が優しくなったはずなのに、
最近は二口、三口と必要になってきている。
……進化?
それとも、私の胃が負け始めている?
「……飲み過ぎは良くない」
隣から、静かな声。
「だってぇ……最近イベント多すぎじゃない?」
言い訳をしながら、ポーション瓶を置くと――
「ほら、これ食べろ」
反対側から、皿が差し出された。
ぱくり。
もぐもぐ。
……あっ。
塩気が効いていて、
噛むたびにじんわり旨味が広がる。
「……好き」
思わず本音が零れる。
「だろ」
満足そうな声。
さらに、別の皿。
「これもどうぞ」
ぱくり。
もぐもぐ。
今度は、甘くて、まろやかで、
口の中でほどけるような味。
「……好き」
「よかったです」
穏やかな笑顔。
――あ、だめだ。
この空間、完全に私の胃を囲いにきてる。
私も反撃。
皿を取り、ふたりに向ける。
「はい。あーん」
「お、これ……甘さの中に、酒の香りがあるな」
レオが、にかっと笑う。
「大人向けに調整しました」
「はい。あーん」
「塩気が効いて、ワインが欲しくなりますね」
ルイも、同じように微笑む。
――ああ。
見慣れた者たちからすれば、
これはただの、いつもの光景。
いつもの部屋。
いつもの距離。
いつもの「詰みかけ女神」の食事風景。
……だが。
視線を、ほんの少し外へ向けた瞬間。
空気が、違った。
広場。
人。人。人。
女神祭りに集まった民衆たち。
そして――
その奥に並ぶ、絵画。
即位式の瞬間を切り取った大作。
王と女神と、剣を携えた鬼神。
さらに、その隣には――
石像。
「……あ」
声が漏れる。
あの絵画。
あの石像。
――そして、今、目の前で起きている光景。
ソファに半分寝転がる女神さま。
ひと振りで国を蒸発させる王。
数百を斬り伏せる剣の鬼神。
その二人に、
甘く囁かれ、
甲斐甲斐しく世話をされ、
食べさせてもらい――
満足した女神から、
淡い光と祝福が溢れている。
……そう見えている。
(ち、違うのよ!?)
(これはただの胃ケアと日常!!)
だが、民衆の認識は止まらない。
「……あれが……」
「女神さま……」
「祝福を、分け与えている……」
進行役が、高らかに宣言する。
「――これより!
女神祭りの開催を、ここに宣言いたします!!」
拍手。
歓声。
ハッとして、我に返る。
「あっ、そうだった……!」
今から、祭りだった!!
改めて周囲を見る。
――あ。
視線。
視線。
視線。
熱を帯びた期待の視線。
そして、聞こえてくる――
「……我らにも……」
「……はい。あーん……されたい……」
(……え?)
(今、なんて?)
――餌付け希望者、増えてない!?
「……ひぃっ」
思わず、びくっと肩が跳ねる。
ルイとレオが、声を殺して笑った。
「ほら、始まった」
「女神祭り名物ですね」
「名物にしないで!!」
音楽が流れ始める。
太鼓。
笛。
弦の音。
演劇の幕が上がる。
……演劇。
「……へぇ。女神さまって、すごいのねー」
棒読みになるのも、仕方ない。
だって舞台の上では、
光り輝く女神が、世界を救っている。
私、今、胃薬飲んでたんだけど。
耳元に、吐息。
「……愛してるよ、俺の女神さま」
反対側から、低い声。
「……必ず守り抜くよ、俺のメイ」
……やばい。
身体が、ぱあっと明るくなる。
(やばいやばいやばい!!)
光、抑えて!
今は、外!!
演劇は、熱演だった。
拍手喝采。
歓声。
屋台が並び、
食べ物や飲み物が配られ始める。
ふと、気づく。
民も、貴族も――
互いに、食べ物を差し出し合っている。
「あーん」
「あーん」
……あれ?
「……あっ!」
今更ながら、理解する。
「……ここ、外だね!?」
誰も止めない。
むしろ、広がっている。
祝い事。
相思相愛。
祝福の日。
――互いに、食べさせ合う習慣。
完全に、定着している。
「……詰んだ」
呟くと。
ふたりが、同時に笑った。
夜空には、
すでに淡い光が溢れ始めている。
女神祭り、初日。
胃と平穏は、
最初から、犠牲だった。
――そして私は、今日も愛されすぎている。
(……ほんとに、胃がもたない)
でも。
その笑い声と、光に包まれて。
――悪くない、と思ってしまったのも、事実だった。




