元婚約者だった男
骨が折れる音だけが、今も耳に残っている。
あの鈍い、湿った音。
自分の身体の中で何かが終わったと、理解させられる音。
叫ぶことも、抗議することも許されなかった。
そもそも、俺にはその資格がないのだと――
そう、最初から決められていた。
気が付けば、俺は
王妃暗殺未遂の共犯者
という烙印を押されていた。
……おかしい。
俺は、被害者のはずだ。
かつて婚約者だったメイ・シルヴァに
あれほど深く愛されていた俺が。
彼女の人生を左右するほどの存在だった俺が。
無実の罪を着せられる?
――違う。
これは、どこかで歪んでいる。
「……来るはずだろう」
声に出しても、誰も答えない。
癒しに来るはずだ。
メイは、そういう女だった。
俺の身に万が一が起きた時のために、
学園で必死にポーションを研究し、
俺を愛するがゆえに――
あの女を、ミアを排除しようとした。
そういう女だったはずだ。
……だった、はずだ。
だが、あの夜。
テラスで見た彼女は、俺を見なかった。
淡く光り、香りを纏い、
まるで――
最初から俺など存在していなかったかのように。
あの夜からだ。
俺の地獄が始まったのは。
ハーバル王国へ帰国しても、
俺の名は、どこにもなかった。
第二王子。
その肩書きは、最初から存在しなかったかのように扱われた。
「愚か者」
「国を貶めた男」
「触れてはいけない存在」
……俺が?
笑うしかなかった。
笑わなければ、壊れてしまう。
誰も、俺を救おうとしない。
探そうともしない。
――ああ。
そうか。
メイを探さなかった、俺のように。
「……俺の女神でいるべきだろう?」
独り言が、虚しく落ちる。
彼女は、俺のものだった。
俺の隣に立つために、教養を磨き、首席を取り、
王子妃として恥じないように生きてきた。
それなのに。
俺が、別の女を選んだだけで。
真実の愛だと信じただけで。
すべてが、壊れた?
……違う。
壊したのは、誰だ?
ミアも、俺と共に城を出た。
いや、出されたと言うべきか。
だが、彼女は
何かを喚き散らし、
誰の言葉も聞かず、
何ひとつ通じなかった。
俺は、こんな女に
真実の愛を誓ったのか?
胸の奥が、ひどく冷える。
ああ……。
もし、あの時に戻れるのなら。
あの春の日に。
微笑みながら俺の隣に立っていた、
メイ・シルヴァの手を――
離さなければ。
だが、戻れない。
彼女は、もう
俺を探さない。
俺の地獄は、
誰にも見られない場所で
静かに、永遠に続いていく。
エリック




