王として
神殿の話が、各国から同時に上がってきた。
――想定内だ。
むしろ、遅いくらいだった。
女神を見た者は、必ず二つに分かれる。
祈りたい者と、利用したい者だ。
前者は、放っておけばいい。
後者は――王の仕事になる。
「王妃管理下、ですか?」
側近が慎重に言葉を選ぶ。
「ああ」
短く答える。
「神殿は、王妃の名の下に置く」
「宗教法人でも、国営機関でもない」
「政治からは、完全に切り離す」
一瞬、空気が固まった。
理解が、追いついていない。
「……信仰は、自由だ」
「祈ることも、感謝することも、止めない」
書類に視線を落としたまま、続ける。
「だが――」
「信仰を利用することは、禁止する」
静かな声だった。
だが、魔力圧が、じわりと広がる。
「神殿を理由に、政治的要求をするな」
「神託を名乗るな」
「王妃の名を使って、命令をするな」
顔を上げる。
「破った国は、例外なく敵対行為と見なす」
……世界が、震えた。
報告官の喉が鳴る。
「王妃様の……お考えでしょうか?」
嗤いそうになるのを、堪えた。
「いいや」
即答する。
「これは、王の判断だ」
あの人は、嫌がる。
本気で、全力で、嫌がる。
祀られるのも、像を作られるのも、
“女神”と呼ばれるのも。
だからこそ。
「王妃は、信仰の象徴であって、権力の道具ではない」
「彼女は、祈らせる存在ではなく、生きている人間だ」
沈黙。
「その日常に、国は触れるな」
側近が、深く頭を下げた。
「……かしこまりました」
その日。
各国に通達が流れた。
•神殿は王妃管理下
•信仰は自由
•政治利用は禁止
•違反国は即時、外交関係の再検討
――前代未聞だ。
だが、誰も反発しなかった。
反発できなかった、が正しい。
王の魔力圧。
祝福された土地。
女神の存在。
すべてが揃っている国に、喧嘩を売る理由がない。
「……本物の強国だな」
どこかの使節が、そう漏らしたと聞く。
その夜。
私室に戻ると、メイがいた。
薄衣のまま、椅子に座り、書類を見て――
途中で放り出して、机に突っ伏している。
「……神殿、やだ……」
小さく、うめく。
「像とか、壁画とか、ほんと無理……」
「祈られるの、胃が痛い……」
近づいて、そっと抱き上げる。
軽い。
柔らかい。
確かに、生きている。
「大丈夫だ」
低く囁く。
「全部、俺が止めた」
「……ほんと?」
「ああ」
「……信じるよ?」
「信じろ」
腕の中で、ほっと息を吐く。
淡い光が、ふわりと揺れた。
癒し。
祝福。
無自覚の奇跡。
……おかしい。
本当に、おかしい。
世界を揺らす力を持っていながら、
胃痛で唸り、祀られるのを嫌がる。
俺の、女神さまは――
どうしようもなく、おかしい。
だから。
愛しい。
額に、口づける。
「眠れ」
「……ルイも?」
「一緒にだ」
腕を緩めると、素直に身を預けてくる。
世界がどう動こうと、関係ない。
信仰も、神殿も、国も。
全部、王の仕事だ。
彼女は――
ただ、生きていればいい。
俺が、護る。
王として。
夫として。
そして。
女神を、女神のままにしないために。




