女神の日常
式典から、半年。
季節はすっかり夏になっていた。
王城の回廊を歩くたび、薄衣の裾がふわりと揺れる。
素材は軽く、風をよく通す。
……通しすぎる気もするけれど、これ以上厚着をすると汗で光が増すので却下された。
増すので。
ここ重要。
「……なんで夏になると、輝きまで元気になるのかなぁ」
ぽつりと呟くと、通りすがりの侍女が一瞬、立ち止まり――
深々と頭を下げた。
「本日も、神々しゅうございます」
「やめて!? 普通でいいから!!」
声を荒げた瞬間、
淡い光がぽわっと溢れた。
……あっ。
周囲の人たちが、なぜか一斉に肩の力を抜く。
「……ああ、涼しい……」
「疲れが抜ける……」
「今日は、よく眠れそうだ……」
(ちがう! 今のは私の叫び声!!)
胃が、きゅっと鳴った。
⸻
王城は、相変わらず賑やかだった。
いや、正確に言うと――
居着いた各国の人たちで、常にざわついている。
「謁見の順番、次はこちらで……」
「いえ、こちらは“半定住組”ですので……」
「神殿関係者は、午後から別室で……」
(……神殿?)
聞かなかったことにする。
今日は、ポーション作りの日。
逃げ場は、研究棟。
そう思って、工房へ向かいながら、途中で城内庭園に出る。
日差しが強く、草木が元気だ。
元気すぎる。
歩くだけで、足元の花がしゃきっと背筋を伸ばす。
(肥沃すぎない?)
見回すと、いつの間にか畑の区画が広がっている。
「あ、女神さま!」
農夫が、手を振った。
「この前の祝福の余波で、三回収穫できました!」
「……半年で?」
「はい!」
(こわっ)
⸻
工房では、久しぶりに静かにポーションを煮る。
薬草を刻み、魔力を流す。
集中すると、光が抑えられるのが救いだ。
「……これで、普通の回復ポーション」
できあがった瓶を並べる。
ただし。
普通(※他国基準で国宝級)。
扉の外が、やけに騒がしい。
嫌な予感。
⸻
同時刻。
別棟の執務室では。
「――女神信仰が、国内で爆発しています」
報告官の声は、どこか乾いていた。
「小国にて、自然発生的な集会が増加」
「“祈りの言葉”が勝手に統一され始めています」
「神殿建立の要望、多数」
ルイは、書類から目を上げない。
「禁止は?」
「……反発が強く」
「当然だな」
次。
「商業国家より」
「祝福された土地を“物流と食糧の要”と認定」
「商人たちが、勝手に移住準備を始めています」
「止めたか?」
「いえ。止まりません」
「そうだろうな」
さらに。
「軍事国家」
「王の魔力圧を目撃した使節が帰国」
「“敵対は不可能”との結論に至ったそうです」
ルイは、そこでようやく小さく息を吐いた。
「……平和だな」
誰も突っ込まなかった。
⸻
一方、私はというと。
「メイ様! 神殿の件ですが――」
逃げた先の庭で、捕まっていた。
「国主導ではありません!」
「民衆が自主的に……!」
「祈りたい、感謝したいと……!」
「だから!!」
両手をぶんぶん振る。
「私を祀るのはやめて!?」
「像とか、壁画とか、いらないから!!」
「というか、私まだ生きてるから!!」
周囲が、しん……と静まる。
数秒後。
「……女神さまのお言葉だ」
「謙虚なお姿……」
「涙が……」
(悪化した!?)
「そこ!!」
思わず指をさす。
「祈るなら、帰ってからにして!!」
「ここ、王城だから!!」
……でも。
止まらなかった。
⸻
夕方。
ルイと合流する。
「今日も、大変そうだな」
「うん……」
肩を落とす私を見て、彼は小さく笑った。
「だが、暴走していない」
「……してない?」
「国を壊していない」
「命令もしていない」
「強制もない」
「……勝手に増えてるだけ?」
「そうだ」
それ、最近よく聞く。
「メイは、日常を生きているだけだ」
「……それで、世界が変わるの?」
「変わっている」
即答だった。
私は、空を見上げる。
夏の夕焼け。
今日も、空気がやわらかい。
「……私、普通に散歩して、ポーション作ってるだけなのに」
「それが、女神の日常だ」
(やめて、その言い方)
でも。
少しだけ、笑った。
「……詰んでないよね?」
「まだな」
「“まだ”って言わないで!」
ルイは、楽しそうだった。
今日も、世界は勝手に回る。
私は、歩く。
薄衣で、キラキラしながら。
――これが、女神の日常。
……たぶん。




