増えた。詰ん…でなーい。
増えた。
確実に、増えた。
昨日まで「各国代表が滞在している」だった城内は、
今や――
「関係者が常駐し始めている」に変わっていた。
「……あの、廊下が長くなった気がするんだけど」
「増築が始まりました」
「は?」
即答された。
私は今、王城の回廊を歩いているはずなのに、
見覚えのない扉、見覚えのない紋章、
見覚えのない“仮設執務室”の札が次々に現れる。
「昨日まで、ここ……空き部屋じゃなかった?」
「はい。ですが今朝から“暫定使節団”が入りました」
「……暫定?」
嫌な予感がした。
胸の奥が、きゅっと縮む。
「どこの?」
侍女が、少しだけ言いにくそうに答える。
「三国ほど、正式に“長期滞在”を希望されております」
三国。
……昨日の夜は、そんな話、してない。
「理由は?」
「“女神の国の空気に慣れたい”とのことです」
……空気。
(空気ってなに!?)
思わず、足が止まった。
胃のあたりが、じわっと重くなる。
「……あのさ」
声が、少し小さくなる。
「これって、もしかして……」
侍女は、にこやかに頷いた。
「はい。“住み着き始めています”」
(詰んだ……?)
いや、まだ。
まだ、詰んでない。
はず。
⸻
謁見の間の隅。
臨時で設えられた小さな応接スペースに、
私は半ば強制的に座らされていた。
目の前には、聞き慣れない国名の使節。
「我が国は、小さくとも誠実です」
「軍事力はありませんが、港と船があります」
「医療と物流で、必ずお役に立てます」
(また増えた……)
胃が、きゅっと鳴る。
「……あの」
私は、恐る恐る言った。
「私、国を増やすつもり、ないんだけど」
「もちろんです!」
即答。
「支配ではありません!」
「併合でもありません!」
「ただ……」
全員が、こちらを見る。
「“離れない”だけです」
(それが一番困るやつー!!!)
心の中で叫んだ。
⸻
「メイ」
助け舟は、王から来た。
ルイは、少し離れた場所からこちらを見ている。
いつもの、落ち着いた顔。
「無理に決めなくていい」
「……でも」
「詰んでると思ってるだろ」
……はい。
めちゃくちゃ。
「大丈夫だ」
彼は、淡々と言う。
「国は、増えていない」
「人が、集まっているだけだ」
「……同じじゃない?」
「違う」
即答。
「国は、線を引くものだ」
「人は、流れる」
私は、少し考えた。
……たしかに。
私が何か命令したわけじゃない。
侵略も、征服も、していない。
ただ――
ここにいると、呼吸が楽で。
身体が軽くて。
未来が、少し明るく見える。
それだけで、人が集まっている。
「……勝手に、増えてるだけ?」
「そうだ」
「……私、悪くない?」
「悪くない」
「ほんと?」
「むしろ、放置している」
……それはそれで、怖い。
⸻
そのとき。
「女神さまー!」
元気な声。
振り返ると、子どもたちだった。
昨日の祝福の流星雨を見ていた、王都の子たち。
「ねぇねぇ! また光やるの!?」
「畑のおじさん、腰が楽になったって!」
「おばあちゃん、夜ちゃんと眠れた!」
……胃が、きゅっとする。
でも。
今度は、痛みじゃなかった。
「……今日は、やらないよ」
少しだけ笑って答える。
「やりすぎるとね、増えすぎるから」
「なにが?」
「……色々」
子どもたちは、きょとんとしたあと、笑った。
「女神さま、へんなのー!」
その声に。
胸の奥が、ふわっと温かくなる。
⸻
「メイ」
レオが、後ろから声をかける。
「また増えたな」
「……うん」
「でも」
彼は、肩をすくめた。
「逃げ道は、ちゃんとある」
「え?」
「詰みそうになったら、俺が連れてく」
「どこへ?」
「どこでも」
その言葉に、思わず笑った。
「……じゃあ、まだ大丈夫だね」
胃を押さえながら、深呼吸する。
増えた。
確実に。
でも。
――詰んでない。
私は、まだ立っている。
そして。
増えているのは、国じゃない。
“居場所”だ。
そう思えたから。
今日も、なんとかなる。
たぶん。




