残った国々
三日目の朝。
王都は、静かだった。
正確に言えば――
帰るべき者が帰り、残るべき者だけが残った後の静けさだった。
馬車の列は減り、宿舎は空き、
昨日まであれほど賑やかだった回廊に、余白が生まれている。
「……半分、消えましたね」
外務官の呟きに、誰も否定しなかった。
帰った国々は、判断が早かった。
礼を尽くし、頭を下げ、
“女神の手土産”を抱えて、自国へ戻った。
――あれは、正解だ。
だが。
それでも、残った国々がいる。
理由は、ひとつではない。
・地理的に動けなかった国
・政治的に帰れなかった国
・そして――
・帰らなかった国
⸻
最初に動いたのは、小国だった。
国力も兵も乏しい、周縁の国。
「……我々は、正式に“庇護”を願いたい」
謁見の間で、王がそう告げた時、空気が微かに揺れた。
「属国、ではありません」
慌てて続ける。
「ですが……自立を装って滅びるより、
繁栄の側に立ちたいのです」
正直だった。
ルイは、即答しない。
王の沈黙は、圧になる。
――そして、メイを見る。
「……え?」
急に振られて、私は瞬きした。
「えっと……?」
「どう思う?」
(え、そこ私!?)
私は一瞬考えた。
その国の使者は、必死だった。
恐怖ではなく、希望で縋っている。
「……来たい人は、来たらいいと思う」
私は、正直に言った。
「でも、支配とか命令とかは、できないよ?」
「困ってたら助けるけど、
国のことは自分で決めなきゃ」
沈黙。
次の瞬間。
小国の王が、深く頭を下げた。
「……それで十分です」
外務官たちは、顔を見合わせる。
――属国ではない。だが、離れられない。
一番厄介な形だ。
⸻
次に動いたのは、商業国家だった。
彼らは、遠回しだった。
「継続的な“交流”を希望します」
「人的往来、学術、医療、農業……」
「特に、錬金術分野での共同研究など……」
(あ、これ、囲い込みだ)
私は、内心で思った。
ルイは、笑った。
「研究は、歓迎しよう」
「ただし――」
一拍。
「成果の独占は、許可しない」
商人たちは、喉を鳴らした。
――女神の技術は、囲えない。
それを理解した瞬間だった。
⸻
そして。
最後まで動かなかった国が、ひとつあった。
ディバン帝国。
いや――元・帝国。
敗者の席に座り、
三日目になっても、帰らない。
「……吸収されたいんだな」
レオが、ぽつりと呟く。
「国として、もう保たない」
ディバンの代表は、疲れ切った顔で言った。
「我々は……選択を誤りました」
「だが、民は生きています」
「どうか……」
言葉は、最後まで続かなかった。
その場で、膝をついた。
完全な敗北。
同時に、完全な降伏。
ルイは、立ち上がった。
「国は、消えない」
静かな声。
「だが、“帝国”は終わる」
「ディバンは、アグナスの一地方として再編される」
「王族は、身分を失う」
「だが、民は――守る」
その宣言に、誰も異を唱えなかった。
唱えられる力が、もうなかった。
⸻
一方、その頃。
「……なんか、減ってない?」
私は、城の回廊を歩きながら首を傾げていた。
「静かすぎるんだけど」
「正常だ」
ルイが言う。
「残る者だけが、残った」
「……?」
「理解できない者は、帰った」
「理解した者は、動いた」
「そして――」
彼は、私を見る。
「理解した上で、離れられない者が、今ここにいる」
私は、ぞっとした。
(なにそれ、怖い)
でも。
同時に、少しだけ――誇らしかった。
⸻
こうして。
残った国々は、三つに分かれた。
・明確に寄る国
・静かに繋がる国
・溶け込もうとする国
誰も、声高に言わない。
だが、全員が理解している。
この国の中心には、女神がいる。
しかも。
本人は、軽い。
「ねぇ、みんなお昼どうする?」
「パン余ってるよ?」
――その無自覚さが、
世界を最も震え上がらせていることを。
残った国々は、もう知っていた。




