詰ませた俺の女神
夜は、静かだった。
だが、静けさは俺たちを隔てるものではない。
むしろ、逃げ場を消すための装置だ。
カーテン越しの月光が、淡く床に落ちている。
その光の中で、彼女は――俺の女神は、息を整えようとしていた。
「……大丈夫だ」
そう言った声が、思ったより低く出た。
安心させるための言葉だったはずなのに、胸の奥で熱を帯びていくのが分かる。
彼女は、俺を見る。
怯えではない。
期待でもない。
委ねるという選択を、はっきりとした目でしている。
その瞬間、俺の中で、何かが確定した。
――詰ませた。
逃げ道を塞いだという意味じゃない。
彼女が、自分でここに立った。
俺の前に、俺の腕の内に。
近づく。
距離が縮まるごとに、彼女の呼吸が浅くなる。
それに合わせて、俺も呼吸を合わせる。
香りが、満ちる。
甘いのに、柔らかくて、頭を撫でるような匂い。
触れていないのに、触れた後より深く入り込んでくる。
「……ルイ」
名を呼ばれるだけで、背骨が軋んだ。
この声は、他の誰にも向かない。
俺だけに、落とされる。
指先が、そっと絡む。
強く掴めば壊れてしまう気がして、力を測る。
それでも、離す気はない。
彼女の指が、解けない。
絡めたまま、逃げない。
シーツに、皺が増える。
それは乱暴な証拠じゃない。
必死さの痕跡だ。
呼吸が、重なる。
吐息が、互いの肌に触れる距離。
言葉は、もう要らなかった。
額が触れ、次に肩。
その一つひとつで、彼女の身体が正直に反応する。
淡く、光が揺れる。
ああ――。
これが、俺の女神。
奪ったわけじゃない。
支配したわけでもない。
選ばれたという感覚が、ここまで強いとは思わなかった。
「……詰んでる」
彼女が、小さく言った。
逃げられない、という意味じゃない。
もう戻れないほど、深く来てしまったという声。
それが、嬉しくて。
「……そうだ」
俺は、額を重ねたまま囁く。
「今から、俺で詰ませる」
言葉にした瞬間、彼女の身体がわずかに震えた。
拒否じゃない。
受け止めるための、震え。
見つめ合う。
瞳の奥に、熱が溜まっていく。
逸らさない。
逸らさせない。
「……ルイ」
「……メイ」
名を呼び合うだけで、胸がいっぱいになる。
こんな夜が来るとは、思っていなかった。
彼女の背に回した腕に、力を込める。
守るための力だ。
逃がさないためじゃない。
俺の場所に、安心させるための力。
汗が、混じる。
体温が、重なる。
世界が、ここに集約される。
「……愛してる」
初めて、彼女から落ちた言葉。
それは、刃より鋭く、温かかった。
喉が鳴る。
抑えていたものが、音を立てて崩れる。
「俺は……ずっと愛していた」
隠さない。
飾らない。
「……俺の方が、深い」
彼女が、息を呑む。
その反応が、俺をさらに確信させる。
「……俺の、女神さま」
囁くたび、彼女の指が強く絡む。
解けない。
解かせない。
夜は、長い。
だが、永遠を感じさせるほど、濃い。
詰みに詰まれて。
世界でいちばん幸せだと思える夜。
互いに愛を確かめ合い、
溶けるように、同じ場所へ沈んでいった。
――俺が、選んだ。
――そして、選ばれた。
俺の女神は、ここにいる。
ルイ・アグナス




