シルヴァ公爵夫妻の目撃談
あの場にいた者は、多かった。
王。王妃。諸国の重鎮。騎士。護衛。
だが――。
本当の意味で、見ていた者は、そう多くない。
「……ねぇ、アダム」
静かな部屋。
厚いカーテン越しに、夜の王都の灯りが滲んでいる。
イヴは、ティーカップを両手で包みながら、ふう、と息を吐いた。
「見た?」
「見たな」
短い返事。
だが、その声には、深い納得があった。
あのテラス。
あの緊張。
あの瞬間。
王が、世界に向かって宣言した時。
――アグナス王国の王妃は、唯一人だ。
娘の名前を呼ばずとも。
その存在を、誰よりも強く肯定した言葉。
「……あの子」
イヴの声が、ほんの少し震えた。
「流されてるだけだと思ってたのよ。最初は」
追放され。
逃げて。
拾われて。
状況に押され、役割を与えられ、
気づけば“女神”と呼ばれる立場に立っていた。
「でもね」
イヴは、そっと微笑む。
「自分から、掴んだわね。あの子」
恐怖の中で。
奪われるかもしれない瞬間に。
逃げるのではなく、
縋るのでもなく。
選び返した。
アダムは、腕を組んだまま、ゆっくりと頷いた。
「……あれは、流れじゃない」
静かな断定。
「覚悟だ」
あの王は、恐ろしい男だ。
間違いなく。
だが。
娘が震えた時、
その恐怖ごと、世界を敵に回して引き受けた。
「溺愛してるな」
「してるわね」
イヴは即答した。
「世界に向かって、あんな宣言する婿、初めて見たわ」
「普通は、恥を知れって言われる類だな」
「でも、あれが普通じゃないのよ」
くすり、と笑う。
「だって、相手が“私たちの娘”だもの」
溺愛している。
それを、隠す気もない。
イヴは、カップを置き、椅子の背に深くもたれた。
「……正直、ほっとしたの」
ぽつり、と。
「怖かったのよ。
あの子が“選ばれるだけ”で終わるんじゃないかって」
守られて。
崇められて。
必要とされて。
でも、それだけでは、心は置き去りになる。
「自分から、欲しいって言えた」
その事実が、胸の奥を温かくした。
アダムは、窓の外を見やる。
「これで、覚悟は揃ったな」
「ええ」
イヴの瞳が、静かに光る。
「孫、早く抱きたいわね」
「……気が早い」
「早くないわよ?」
当然のように言い切る。
「だって、あの二人よ?」
あの距離感。
あの独占欲。
あの宣言。
「時間の問題でしょう」
アダムは、苦笑した。
「……そうだな」
それから、声音が変わる。
低く。
現実的に。
「では、その孫のためにも」
「ええ」
二人の視線が、重なる。
「アグナス王国を、揺るがない大国にしないとね」
「シルヴァ家の仕事だな」
縁の下の力持ち。
それが、彼らの役割。
ハーバル王国が栄えていた理由。
医療。生産。物流。人材。
その多くは、シルヴァ家の人財が支えていた。
「……遅れて合流してくるでしょうね」
イヴが言う。
「噂を聞いた人たち。
居場所を求める人たち」
「逃げ場を失った者たちもな」
アダムは、静かに言った。
「ハーバル王国は、もう終わりだ」
断言。
感情ではない。
計算でもない。
「自分で切り捨てたからな」
イヴの笑みが、ほんの少しだけ冷える。
「……まだ足りないわ」
穏やかな声。
だが、その底には、怒りが澱んでいる。
「娘にした仕打ちを思えば」
「当然か」
「当然よ」
イヴは、ゆっくりと立ち上がった。
「さあ、忙しくなるわね」
「孫のためだ」
「ええ」
二人は、並んで部屋を出る。
娘は、もう大丈夫だ。
ならば。
次は、世界を整える番だった。
イヴ&アダム視点




