俺を救った女神様
目を開けた瞬間。
光が、痛かった。
いや。
光じゃない。
……生きてる。
それが、最初の感覚だった。
水の音がして。
火のはぜる音がして。
世界が、ちゃんと音を立てている。
そして。
目の前に、ひとりの女がいた。
綺麗だと思った。
反射みたいに、そう思った。
身体の線は、はっきりしていて。
布越しでも分かるほど、女の身体をしている。
派手じゃないのに、華やかで。
立っているだけで、周囲の景色を変えてしまう人。
声を聞いた。
澄んでいて、耳に残る声。
視線が合った。
真っ直ぐで、逃げ場のない瞳。
……怖い。
でも。
綺麗だった。
近づいた瞬間。
甘い匂いがした。
血と膿と腐臭に慣れ切った鼻が、
一瞬で、それを理解した。
「良い匂い」だと。
女神様が降りてきた。
本気で、そう錯覚した。
俺は、ルイ・アグナス。
敗戦国の、奴隷。
黒髪。
黒目。
元、第三王子。
……肩書きだけなら、笑える。
国は、あっけなく負けた。
城は燃え。
王は処刑され。
母は、俺の目の前で殺された。
逃げろと言われた。
生きろと言われた。
その言葉が、
どれほど残酷か、俺は後で知った。
捕まった。
縛られた。
売られた。
名前を呼ばれなくなった。
番号になった。
喋れば殴られた。
笑えば殴られた。
黙っていても殴られた。
だから、
喋らなくなった。
言葉は、
痛みと同義になった。
ある時。
「価値がある」と言われて、
性奴隷として売られた。
買ったのは、
貴族の夫人だった。
最初は、優しかった。
「可哀想に」
「大丈夫よ」
触られた。
抱かれた。
夜が、終わらなかった。
逃げ場は、なかった。
夫人は、俺に執着した。
それが、悲劇の始まりだった。
嫉妬した夫が、
俺の顔に、火を押し当てた。
叫んだ。
声が潰れた。
皮膚が溶ける音を、
俺は、今でも覚えている。
それでも、生かされた。
「商品だから」と。
包帯も、
治療も、
なかった。
そのまま、
転売された。
病気になった。
血を吐くようになった。
殴られても、
蹴られても、
立てなくなった。
「もう無理だな」
そう言われて。
捨てられる場所に、連れていかれた。
穴があった。
人が、落とされていた。
叫び声。
骨の音。
生きたまま、捨てられる音。
……ああ。
ここで終わるんだ。
そう思った時。
この人が、現れた。
俺を見て。
値段を聞いて。
顔色も変えずに、買った。
……終わった。
新しいご主人様。
また、同じだ。
そう思って。
ふらふらの身体で、ついていった。
でも。
身体が、治った。
痛みが、消えた。
息が、できた。
信じられなかった。
手ずから、
食事を与えられた。
俺に。
石鹸を渡された。
石鹸だ。
泡が立って。
匂いがして。
汚れが、落ちた。
俺は、
「汚物」じゃなかった。
服を、もらった。
布だった。
人が着る服だった。
しかも。
……手作り。
刺繍があった。
小さな、丁寧な印。
それを見た瞬間。
胸が、壊れた。
こんな服を着ていたのは、
まだ国があった頃。
平和で、美しかった国で。
俺は、
人だった。
涙が、出なかった。
怖くて。
壊れそうで。
この人は、なんだ。
ご主人様?
恩人?
それとも。
……女神様か?
夢だと思いたかった。
でも。
匂いがする。
声が届く。
触れられる。
現実だ。
俺は、
この人から目を離せなかった。
生きる理由を、
奪われ続けた俺に。
初めて、
生きていいと言った人。
それが、
この人だった。
――離れたくない。
胸の奥が、
そう叫んでいた。
俺を救った女神様。
それが、
彼女だった。




