貴方しか要らない
――流されて、詰んだから、妻になったわけじゃなかった。
その事実が、胸の奥で、ゆっくりと形を持ちはじめる。
私は、ルイを愛している。
逃げ場を塞がれて、囲われて、気づいたら王妃になっていた。
確かに、始まりはそんな感じだったかもしれない。
でも。
エリックに迫られた、あの瞬間。
腕を掴まれ、距離を詰められ、息が詰まった時。
はっきりと、分かった。
――ルイ以外は、あり得ない。
怖かったのは、触れられることじゃない。
選ばされることでも、過去を引きずられることでもない。
ルイを失うかもしれない、その可能性だった。
胸の奥が、きり、と鳴る。
私は、ルイを愛している。
この感情は、守られて芽生えたものじゃない。
恐怖の中で、選び直した、私自身の意思だ。
だから――。
欲しい、と思った。
もう妻なのに。
もう選ばれているのに。
それでも、欲しかった。
私だけを、見てほしい。
私だけを、渇望してほしい。
胸の奥に湧いたそれは、
綺麗な愛情だけじゃない。
貪欲で、独占的で、
少し醜いくらいの、所有欲。
……おかしいよね。
奴隷だった彼を、庇護から解放したのは私なのに。
自由にしてあげたはずなのに。
誰にも奪われたくない、なんて。
でも。
あの時。
私のルイの腕に、当然のように絡みついた桃色。
胸を押し当て、笑って、距離を詰めて。
――許せない。
胸の奥が、黒く燃えた。
なのに、同時に、怖かった。
(……ルイ)
(ルイは、私を……?)
選ばれたはずなのに。
王妃になったはずなのに。
それでも、心のどこかで、怯えていた。
その時だった。
ルイの声が、落ちた。
「大丈夫だ」
低く、揺るがない声。
振り返らなくても分かる。
背中越しに、私だけを守る姿勢。
「俺には、君しかいない」
――その一言で。
空気が、変わった。
ざわめきが、凍りつく。
他国の視線が、一斉に引き締まる。
これは、慰めじゃない。
愛の囁きでもない。
宣言だ。
「この場にいる全ての国に、宣言する」
声が、上がる。
王の声。
世界に向けた、絶対の言葉。
「アグナス王国の王妃は、唯一人だ」
胸が、どくん、と鳴った。
逃げ場のないほど、真っ直ぐな言葉。
「彼女に指一本触れた者は――
国として、敵と見なす」
静寂。
重く、深く、圧倒的な沈黙。
誰も、動かない。
誰も、否定しない。
その場にいる全員が、理解した。
私は、選ばれただけじゃない。
世界を敵に回してでも、守られる存在だと。
……なに、それ。
想像の、遥か上を行く。
胸が、熱くなる。
目の奥が、じん、と滲む。
(ずるい……)
(そんなふうに、言われたら……)
私は、もう逃げられない。
違う。
――逃げたくない。
一歩、踏み出す。
自然と、ルイの腕に近づいていた。
自分から、距離を詰める。
周囲の視線なんて、どうでもいい。
私は、彼を見上げる。
「……ルイ」
声が、少し震えた。
でも、はっきり言える。
「私も……貴方しか要らない」
これは、宣告じゃない。
命令でもない。
選ばれた女が、選び返す言葉。
王妃としてじゃない。
女として、妻として。
「奪わないで」
小さく、でも真剣に。
「私のルイ、なんだから」
言った瞬間。
自分の身体が、淡く煌めいたのが分かった。
誤魔化しようもなく、正直に。
――ああ。
私は、本当に。
想像以上に、
とんでもない男に、選ばれてしまったらしい。
そして。
同じくらい、とんでもなく。
私は、この王を、愛している。




