大舞踏会
昼間は、まるで祭りだった。
貢物、貢物、また貢物。
宝石。絹。香料。希少な鉱石。
見たこともない果実や、聞いたこともない土地の酒。
(……いや、私じゃなくて、王様に渡しなさいよ)
心の中で何度も突っ込んだ。
実際、差し出す側は私を見てひれ伏しているのに、名を呼ぶときは必ず「王と王妃へ」なのが、またややこしい。
午後になっても、胸の奥のもやもやは晴れなかった。
理由は分かっている。
分かっているけれど、言葉にしたくない。
鏡の前で、ドレスの裾をつまむ。
「……このドレス、ちょっと動きづらくない?」
深い夜色の布地。
装飾は控えめなのに、重心が低くて、逃げにくい重さ。
「大変美しゅうございます」
侍女がにこやかに即答する。
……くっ。
完全に包囲されている。
そのとき、背後からぬくもりが来た。
腕が腰に回り、逃げ道を塞ぐように抱き寄せられる。
首筋に、柔らかな感触。
「……っ」
軽く、口づけ。
「朝は、なぜ逃げた?」
低く、静かな声。
責めるでもなく、確認するみたいに。
「……べつに」
そう返した瞬間、耳元で深く息を吸われた。
「俺には、メイしか目に映らない」
囁きが、熱を含む。
「俺の女神さま」
胸の奥がきゅっとして、身体が正直に反応する。
淡い光が、ぽわ、と滲む。
(ちょ、ちょっと……!)
侍女も、護衛も、いるのに。
「失礼いたします。そろそろお時間でございます」
救いの声に、内心で感謝した。
「では、いこうか。俺の王妃様」
「……よくってよ。私の王様」
言い返したら、ルイが小さく笑った。
大舞踏会の会場は、息を呑むほど華やかだった。
天井から吊るされた魔晶灯が、星空のように瞬く。
音楽はまだ始まっていないのに、空気がざわめいている。
香り。
布擦れの音。
控えめな笑い声。
各国の衣装が、色とりどりに揺れている。
(……すごい)
思わず見回した瞬間、ルイが私の手を取った。
「食べるのは、後で」
「……っ」
ぎくりとする。
主催者である王と王妃が最初に踊る。
それが、この場の合図。
音楽が、静かに始まった。
ルイが一歩踏み出す。
それだけで、空気が変わる。
王の動き。
誰も真似できない重さと余裕。
「……大丈夫」
小さく、私にだけ聞こえる声。
背に回された手が、確かに私を支えている。
(……踊るの、初めてだ)
ふたりで。
こうして、人前で。
一歩。
二歩。
私の足取りに合わせて、ルイが微調整する。
導くのではなく、寄り添うみたいに。
視線が絡む。
(……あ)
胸の奥が、すうっと静かになる。
音楽。
光。
拍手さえ、遠い。
この人と踊っている。
それだけで、世界が完成しているみたいだった。
一回転。
裾がふわりと広がる。
(……綺麗)
自分じゃなくて、この瞬間が。
曲が終わると、少し遅れて拍手が沸いた。
それを合図に、ようやく他の人々が踊り始める。
私は、息を吐いた。
(……踊れた)
胸が、じんわり温かい。
ルイが、額を寄せて囁く。
「今日は、ここまでは平和だ」
「……“ここまでは”って言わないで」
小さく返したら、くすっと笑われた。
この煌めく夜が、
このまま終わればいいのに。
――そんな願いが、胸をよぎる。




