俺の婚約者だ
あの瞬間。
式典のその中心で俺は
――息を、飲んだ。
理由は分からない。
だが、分かった。
あれは――メイだ。
女神だとか、祝福だとか、そんな言葉は後から貼り付けられた飾りにすぎない。
俺の視界に映ったのは、ただ一人。
淡く光を纏い、呼吸のたびに香りを広げる女。
視線が絡んだ、その一瞬で、胸の奥が強く打たれた。
ああ、そうだ。
忘れていた。
メイ・シルヴァ。
俺の元婚約者。
――俺を、深く愛していた女。
喉が鳴る。
胸の内側で、懐かしい感覚が蘇っていく。
あの頃。
俺の一挙手一投足を気にし、言葉を選び、歩幅を合わせ。
妃として隣に立つために、教養も、礼節も、すべてを磨き上げていた。
首席。
当然だ。
俺の隣に立つ女なのだから。
視線を逸らすこともできず、俺は彼女を追った。
以前よりも、はるかに美しい。
整った顔立ちに、余裕を帯びた所作。
肌に宿る艶。
呼吸とともに、淡く煌めく光。
――色香、という言葉では足りない。
「……まだ、俺を想っている」
そう、自然に結論が落ちた。
俺が、真実の愛だと信じてミアを選んだ。
だから、仕方なく身を引いた。
それだけの話だ。
女は、強く愛した相手を簡単には忘れない。
まして、メイほどの女が。
「……返してもらう必要があるな」
声に出して、初めて、その考えが確信に変わる。
隣で、ミアが何かを言っている。
甲高い声。
いつもの調子。
「……好きにすればいい」
答えは、投げるように。
今は、どうでもいい。
正直なところ。
ミアに惹かれたのは、激情だった。
庇護される快楽。
身体の相性。
それだけだ。
結婚に至っていないのが、その証拠だろう。
愛人にでもすれば、あの女は喜ぶ。
それで済む。
だが――。
メイは違う。
想像するだけで、喉が鳴る。
あの静かな声。
指先。
昔よりも増した色香が、脳裏を掠める。
今の彼女なら、もっと。
もっと、深く。
どうすれば、戻ってくるだろうか。
――いや。
戻ってくるに、決まっている。
メイは、俺を深く愛していた。
それは、過去の事実だ。
一時的に、道を踏み外しているだけ。
ならば、正しい場所へ戻せばいい。
舞踏会。
夜。
音楽と、光と、人の熱。
あの場で、もう一度近づけばいい。
言葉を交わせばいい。
視線を絡めればいい。
きっと、思い出す。
俺が、彼女の居場所だったことを。
今日の夜が、待ちきれなかった。
エリック・ハーバル




