攻略対象の王様
翌朝。
柔らかな光が、薄いカーテン越しに差し込んでいた。
昨夜は、最悪だった。
あれは本来、私の時間になるはずだったのに。
「……はぁ」
思わず、ため息が零れる。
邪魔が入ったのだ。
よりにもよって、エリックが。
あれさえなければ。
あの場の空気は、完全に私のものだった。
同じ部屋の端で、エリックが腕を組んだまま立っている。
視線は宙を彷徨い、唇が小さく動いている。
――なに、あれ。
気持ち悪い。
ずっと何かを考え込んで、ぶつぶつと独り言。
昨日から、ずっとだ。
「……ねえ、エリック」
声をかけても、反応は鈍い。
「好きにすればいい」
投げやりな返事。
以前なら、必ず「一緒に行こう」と言ったのに。
ミアは一瞬だけ眉をひそめ、すぐに気を取り直した。
――そうか。
今日は、別ルートなのね。
イベントが、どこで起きるか分からないのは不安だけれど。
でも、心当たりはあった。
(……庭園よね)
春。
花。
朝の光。
静かな空間。
ヒロインに用意された舞台として、これ以上ない。
侍女たちに囲まれ、手早く身支度が進められる。
鏡に映る自分の姿に、ミアは満足そうに微笑んだ。
整えられた髪。
華やかな衣装。
計算された色合い。
「……大丈夫」
私はヒロイン。
攻略対象は、私の魅力に抗えない。
エリックをちらりと見る。
まだ、何かに囚われたような顔。
「エリック。私、庭園へ散歩に行くから」
「……好きにすればいい」
やっぱり、素っ気ない。
(……まあ、ついてきたら邪魔だし)
むしろ好都合だ。
今日は、彼とのイベントなのだから。
ミアは軽やかな足取りで、春の庭へ向かった。
咲き乱れる花々。
舞い上がる花弁。
甘く、満ちた香り。
――美しい。
まるで、私のために用意された庭。
視線の先。
東屋の影に、見覚えのある後ろ姿があった。
黒髪。
立ち姿だけで分かる、圧倒的な存在感。
「……いた」
胸が高鳴る。
迷いなく、その背へ近づいた。
「ルイ! おはよう!」
呼び捨て。
最高の笑顔。
彼は、一瞬だけ目を見開いた。
それから――笑った。
(やっぱり)
待っていたのだ。
私を。
「待たせちゃって、ごめんね」
距離を詰める。
自然に、腕を絡める。
視線が絡む。
花弁が一枚、ふわりと落ちてきて、私の髪に触れた。
彼の手が伸びる。
無言で、その花弁を取る。
――ほら。
ミアは、内心で笑った。
その瞬間。
「……ルイ?」
背後から、声。
振り返ると、あの女が立っていた。
女神席にいたはずの存在。
場違いなほど静かな目。
ミアは、わざとらしく腕を絡め直す。
勝ち誇ったように。
けれど――。
彼は、私ではなく、その女を見ていた。
「……どうして?」
女の声が、震える。
そして、踵を返し、走り去った。
追いかける男。
残されたのは、私と彼。
――勝った。
そう思ったのに。
彼の手が、そっと私の腕を外す。
何も言わず、ただ一度だけ微笑みを向けて。
そのまま、背を向けて去っていった。
「……え?」
取り残された空気。
でも、大丈夫。
これはまだ、序盤。
(好感度を上げればいいだけ)
今夜は、舞踏会。
一緒に踊るに決まっている。
その先も――きっと。
ミアは、疑いなくそう信じていた。
ヒロイン・ミア




