まさかのヒロイン乱入
――空気が、壊れた。
音が消えたわけじゃない。
人が消えたわけでもない。
ただ、式典という“流れ”だけが、完全に途切れた。
目の前。
アグナス王の隣に、
“招かれていないはずの人物”が立っている。
ミア。
それを認識した瞬間、
胃の奥が、きゅっと縮んだ。
「……っ」
足が、冷える。
背中に、ぞわりとしたものが走る。
(え、ちょ、待って……)
(なんで、あそこに……?)
思考が追いつく前に、
身体の方が、正直に反応した。
震えが、止まらない。
膝が、笑う。
指先が、勝手に震える。
気づけば――
私は、レオの服を、ぎゅっと掴んでいた。
無意識だった。
助けて、って言う前に、
身体が“そうしろ”と判断した。
「……大丈夫だ」
低く、短い声。
レオが、一歩、前に出る。
剣は、抜いていない。
けれど、その姿勢は、いつでも抜ける体勢。
完全に、“護る側”。
それを見て、
少しだけ、呼吸が戻る。
でも。
視線が、勝手に動いた。
――ルイ。
アグナス王。
彼は、ミアを見て……。
……笑った?
(え)
一瞬、理解できなかった。
社交的な微笑み?
それとも、別の意味?
(……え、なにそれ)
胸の奥が、嫌な音を立てる。
(ヒロイン補正……?)
そんな言葉が、
脳裏をよぎってしまった自分に、
ぞっとする。
(やだやだやだ……)
(まさか、一目惚れ、とか……)
思考が、最悪な方向に転がりかけた、その瞬間。
ばっ、と。
二つの視線が、
同時に、こちらを向いた。
ミア。
そして、ルイ。
「……っ!」
身体が、びくりと跳ねる。
視線が絡んだ瞬間、
恐怖が、はっきり形を持った。
(見られてる)
(やばい)
(殺される……!?)
過去が、脳裏を掠める。
断罪。
追放。
命の危機。
全部、繋がって、
一気に、押し寄せてきた。
震えが、止まらない。
本当に、止まらない。
レオの服を掴む指に、
さらに力が入る。
「……メイ」
小さく、名前を呼ばれた。
その声に、
かろうじて、意識が戻る。
――違う。
違う、違う。
ここは、式典だ。
私が、主役の側だ。
“逃げる場面”じゃない。
その瞬間。
ルイが、わずかに視線を逸らし、
進行役へ、目配せをした。
たった、それだけ。
でも。
空気が、動いた。
「――失礼いたしました」
進行役の声が、
よく通る。
張り詰めていた沈黙に、
ひびが入る。
「王妃披露の進行を、再開いたします」
――再開。
その一言で、
止まっていた歯車が、
ぎこちなく、回り始めた。
護衛たちが、静かに配置を整える。
ざわめきが、意識的に抑えられる。
視線が、元の位置へと戻されていく。
……ミアだけが、
“そこに立ったまま”。
取り残されたみたいに。
私は、まだ震えていた。
けれど。
レオの背中が、前にある。
ルイは、もうこちらを見ていない。
それだけで、
少しだけ、息ができた。
(……忘れちゃダメだった)
(私は、悪役令嬢だ)
(だからこそ、分かる)
“ヒロイン”は、
物語を壊す。
しかも、無自覚に。
私の手は、まだ、レオの服を掴んだままだった。
――この式典。
絶対、何かが起きる。
そう確信したまま、
私は、女神席で、固まっていた。




