シルヴァ公爵家叙任
式典の空気が、静かに変わった。
それは、音ではなかった。
ざわめきでも、拍手でもない。
理解が、同時に訪れたときに生じる、あの独特の沈黙だった。
進行役の声が、はっきりと広間に響く。
「――ここに、王命をもって宣言する」
一語一句が、重い。
言葉が落ちるたび、空気が締まり、背筋が伸びる。
「シルヴァ伯爵家を、アグナス王国公爵家とする」
息を呑む音が、確かにあった。
だが、驚きの声は上がらない。
否――上げられなかった、が正しい。
民も、諸国の使節も、すでに理解していたからだ。
(ああ、そうなるのか)
(いや……そう“でなければならない”)
理解は、納得を伴って広がっていく。
シルヴァ家。
その名は、この大陸において、すでに“伝説”に近い重みを持っていた。
何百年にもわたり、国境を越えて支援を行ってきた一族。
疫病が流行すれば、最初に治癒師を送り。
飢饉が起これば、備蓄と技術を差し出し。
戦乱の後には、職人と生産の要を根付かせてきた。
医療。
治癒。
職人技。
生産。
そして、人。
金や土地では測れない“人財”を育て、輩出し続けてきた家。
商才に優れた者。
英断を下す者。
静かに国を救う英雄。
どの国の史書にも、形を変えて必ず名が残る。
敵に回してはならない。
だが、味方にできれば、これ以上ない。
それが、シルヴァ家だった。
(女神の実家……)
誰かが、心の中でそう呟く。
だが、その言葉に、誰も笑わない。
否定もしない。
さもありなん。
それが、この場の総意だった。
なぜなら。
視線は、自然と、最前列へと集まってしまうからだ。
そこに在る存在。
淡く、しかし確かに煌めく気配。
光は、もう隠そうとしても隠しきれない。
感情が揺れれば、呼吸に合わせて、世界がそれに応える。
その人物が、シルヴァの血を引く。
それだけで、すべてが繋がる。
(女神の血縁が、国の要になる)
(王の隣に立つ者の家が、最高位でない理由がない)
理解は、確信に変わる。
公爵位とは、単なる爵位ではない。
国の柱だ。
王と並び、国を支える存在。
――そして、その柱が、女神の実家である。
諸国の使節たちは、互いに視線を交わさない。
交わす必要がないからだ。
同じ結論に、すでに辿り着いている。
(この国は、もう以前のアグナスではない)
(女神を得て、王を得て、シルヴァ家を要に据えた)
(手出しはできない)
否。
(手出しをすれば、終わる)
拍手が、ゆっくりと起こる。
最初は控えめに。
やがて、広間を満たすほどに。
それは祝福であり、忠誠であり、そして――承認だった。
誰もが、この瞬間を“歴史の分岐点”として記憶することになる。
シルヴァ家は、公爵家となった。
女神の血縁は、王国の要として固定された。
もはや、動かない。
揺るがない。
この国において、
この家において、
この女神において。
すべてが、ひとつに結ばれた瞬間だった。




