式典進行
拍手は、波のようだった。
一度起きると、止まらない。
石造りの広間に反響し、天井へ昇り、また降りてくる。
音の圧に包まれながら、私は自分の呼吸の音だけを必死に拾っていた。
――落ち着け。
――深呼吸。
――今は、女神。
そう自分に言い聞かせても、身体は正直だ。
感情が少し揺れるだけで、皮膚の奥がじんわり熱を帯び、淡い光がにじみ出そうになる。
(やめて、今は光らないで……!)
私は、にこやかに前を向いたまま、心の中で必死に祈った。
式典は、完璧だった。
進行役の声は落ち着いていて、言葉の一つ一つがよく通る。
各国の名が読み上げられ、祝辞が述べられ、礼儀正しい拍手が繰り返される。
すべて、滞りなく。
あまりにも、滞りなく。
だからこそ。
――見えてしまった。
視線をほんの少しだけ、横に流した瞬間だった。
列の向こう、賓客席の一角。
(……え?)
一拍、思考が止まる。
金色の髪。
見慣れた輪郭。
隣にある、甘ったるい気配。
(……いる)
背中に、冷たいものが走った。
(ぎゃー!! アイツらいるぅ!!)
心の中で叫んだ瞬間、呼吸が一拍、浅くなる。
胸の奥が、きゅっと縮む。
(なんで!? なんでここに!?)
追放された日の記憶が、唐突に蘇る。
背中に投げつけられた言葉。
振り返らなかった城門。
(……殺される……)
口には出していない。
出していないのに、喉がひくりと鳴った。
「……ひぃ……」
自分でも情けないほど小さな声。
だが、その声を、逃さなかった人物がいる。
「……アイツらか?」
低く、短い声。
すぐ隣。
レオだった。
私は、視線を前に固定したまま、ほんの少しだけ顎を引く。
それが精一杯の返事だった。
こくり。
それだけで、レオはすべてを察したらしい。
空気が、ぴたりと変わる。
笑顔のまま。
姿勢も変えず。
だが、彼の気配が一段、鋭くなった。
(あ、これ……怒ってるやつだ)
内心で思いながらも、私は動けない。
動いてはいけない。
式典は続いている。
誰も、止まらない。
そして――。
私は、知っている。
(ルイ……知ってて、呼んだんだよね)
視線を向けなくても、分かる。
あの人は、すべて把握した上で、ここに座らせている。
癒しの香りが、ゆるやかに広がっているのを感じた。
私のものだ。
意識して抑えているはずなのに、不安が滲むと、どうしても漏れてしまう。
(やめて……今は、刺激しないで……)
けれど、もう遅い。
周囲の空気が、微妙に変わった。
理由は分からなくても、身体が楽になるのを感じて、何人かが深く息を吸う。
誰かが、安堵の溜め息をついた。
――それが、余計に逃げ場をなくす。
私は、膝の上で指を組み直す。
白い手袋の内側で、指先がわずかに震えているのが分かった。
(大丈夫。
何も、言わなければいい)
見ない。
反応しない。
過去は、過去。
今の私は、ここに“在る”だけでいい。
視線を前に戻すと、式典の中心には、揺るがない存在があった。
言葉を発していなくても、場を支配する圧。
王。
ルイは、こちらを見ていない。
見ていないのに、背中越しに分かる。
――逃がさない。
その無言の意思が、広間全体に染み渡っていた。
拍手が、また起こる。
祝辞が、次へ進む。
エリックとミアは、まだ動かない。
視線は感じる。
だが、近づいてこない。
近づけない。
空気が、それを許さない。
(……詰んでる……)
心の中で呟きながら、私は、女神の仮面を外さない。
式典は、今日も完璧に進んでいく。
私の内心の修羅場など、置き去りにしたまま。
――逃げ場は、もう、どこにもなかった。




