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元奴隷から愛される異世界生活。  作者: ChaCha


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元婚約者

女神は、存在したのか。


そう思った瞬間、視線が、釘付けになった。


ざわめきが、音として耳に届くより先に、空気が変わったのが分かった。

呼吸が、微かに楽になる。

胸の奥が、理由もなく温まる。


視界の中央。

光の中に、ひとり、立っている。


――美しい。


まず、そう感じた。

理屈ではない。比較でもない。

ただ、見た瞬間に、そう判断してしまうほどの完成度。


金色の髪は、ただ明るいだけではなかった。

光を反射しているのではなく、内側から柔らかく滲むように、周囲の色を変えている。

一本一本が整えられているわけでもないのに、乱れがない。

風もないはずなのに、わずかに揺れて見えるのは、視線を奪うための錯覚か。


碧い瞳。

澄んでいる。

澄みすぎて、底が見えない。


顔立ちは、記憶にある“美形”の枠に収まらない。

均整が取れているのに、冷たさがない。

整っているのに、作り物めいていない。


視線が、自然と下へ滑る。


首筋。

白い。

光が、そこに留まっているように見える。


肩。

布越しでも分かる、なだらかな曲線。

華奢ではない。だが、力強さとも違う。

“守られてきた身体”ではないのに、傷がない。


胸元。

呼吸に合わせて、わずかに上下する。

そのたび、淡い煌めきが、布の上をなぞる。


腰。

過不足のない線。

歩みを止めて立っているだけなのに、重心が安定している。


脚。

真っ直ぐで、揺れがない。

立ち姿そのものが、完成している。


――知っている。


その感覚が、遅れて胸を打った。


知っているはずだ。

この輪郭。

この立ち姿。

この、空気のまとい方。


喉が、ひくりと鳴る。


「……あれ?」


心の中で、声が漏れた。


思い出そうとしたわけじゃない。

むしろ、忘れていたはずの記憶が、勝手に浮かび上がってきた。


追放した女。

名を呼ぶ必要すらなくなった存在。

遠ざけ、切り捨て、振り返らなかったはずの――


「……メイ・シルヴァ?」


口から、零れた。


小さな声だった。

周囲のざわめきに紛れて、誰にも届かない。


だが、その名を出した瞬間、胸の奥が、きしりと音を立てた。


おかしい。


あの女は、こんな場所にいるはずがない。

そもそも、ここに立てる身分ではなかった。

記憶の中の彼女は、もっと地味で、もっと目立たず、もっと――


違う。


違いすぎる。


目の前にいる存在は、記憶の中の「彼女」と重なる部分があるのに、同時に、まったく別物だった。


美しくなりすぎている。


それだけでは説明がつかない。

化粧でも、衣装でも、成り上がりでもない。

生き方そのものが、塗り替えられている。


現実感が、追いつかない。


知っているはずなのに、結びつかない。

一致しているはずなのに、理解できない。


なぜ、この場にいる?


なぜ、あの女が、ここに立っている?


視線が、離れない。


呼吸が、わずかに乱れる。


周囲が、彼女に向けて膝を折りそうになる理由が、分かってしまう。

近づきたい衝動と、距離を保たねばならない本能が、同時に湧き上がる。


――棄てた。


そうだ。

自分は、棄てた。


元婚約者。

不要と判断し、排除した存在。


それが今、煌めいて、ここにいる。


まるで、世界の方が間違っているかのように。


「……あり得ない」


呟きは、否定だった。

彼女に対してではない。

この状況に対して。


だが、目は逸らせなかった。


視線を切れば、この違和感から逃げられると分かっているのに、できない。


胸の奥で、何かが、静かに崩れ始めていた。


名前を呼んだ記憶。

手を取った記憶。

背を向けた記憶。


それらが、順序もなく浮かんでは消える。


理解は、まだ追いつかない。


だが、確信だけが、じわじわと広がっていく。


――知っている。

――忘れていた。

――そして、見てしまった。


女神ではない。

だが、ただの女でもない。


棄てた元婚約者が、

世界の中心に、立っていた。


その事実だけが、

エリックの足元を、静かに揺らしていた。


エリック・ハーバル

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