式典前夜、敗者の席
ディバン視点
夜は静かだった。
だが、それは安らぎではない。
王都の外縁に設けられた宿舎。
かつては外交使節が泊まるための、格式ある建物だったという。
今夜、そこに灯る明かりは最小限。
廊下の奥まで見通せるほど、無駄のない配置だ。
――逃がさないための、静けさ。
部屋に通された者たちは、誰も声を上げなかった。
息を潜める癖が、すでに身体に染みついている。
彼らは、**ディバン帝国の「残り」**だった。
かつて皇都に立ち並んだ白い尖塔も、青い旗も、もうない。
軍は蒸発し、命令系統は断ち切られ、王族は引き摺り下ろされた。
残されたのは――
名と血と、敗北の実感だけ。
「……式典、だと」
誰かが呟いた。
声は乾き、笑いにもならない。
「我々が、祝う側に見えるとでも?」
返事はない。
誰もが同じことを思っていたからだ。
部屋の中央には、長い卓。
だが椅子は少ない。
立たされたままの者もいる。
それが、序列だった。
彼らは“招待客”ではない。
“捕虜”でもない。
まして“同盟国”などでは、断じてない。
――戦利品。
その事実が、言葉にされずとも、配置と視線で突きつけられていた。
窓の外。
王都の灯りが見える。
規則正しく整えられた街路。
警備は厚く、兵の動きは無駄がない。
そして――人々の顔に、怯えがない。
「……アグナスは、滅びたはずだった」
別の者が言う。
否定する声は出ない。
彼らは知っている。
この街の背後にあるものを。
かつての戦場。
指先ひとつで、軍勢が消えたという話。
炎も音もなく、存在そのものが消失した、あの瞬間。
それを成したのが誰か。
なぜ可能だったのか。
詳しいことは、誰も知らない。
だが一つだけ、確かなことがある。
――この国は、選ばれた。
選んだのは、神か。
それとも――
卓の奥、最も見晴らしの悪い位置に座らされた男が、無意識に唾を飲み込んだ。
「……王は、来るのか」
その問いに、扉の脇に立つ監視役が答える。
「明日の式典で」
短く、事務的な声。
「そして――王妃も」
空気が、凍った。
“王妃”。
その言葉が意味するものを、彼らは理解していた。
ただの配偶者ではない。
この国において、その称号は――象徴だ。
「……我々は」
誰かが、震える声で続ける。
「跪かされるのだな」
否定はなかった。
跪く。
頭を垂れる。
視線を上げることを、許されない。
それは、屈辱ではない。
処理だ。
国としてのディバン帝国は、すでに終わっている。
だが、終わりは見せねばならない。
――他国のために。
――二度と逆らわないために。
「……あの国に、逆らってはいけなかった」
誰かが言った。
それは、悔恨でも、怒りでもない。
結論だった。
外で、鐘が鳴る。
遠く、低く。
明日。
彼らは式典に立つ。
祝われる側ではない。
裁かれる側として。
そして理解するのだ。
なぜ、蒸発したのか。
なぜ、抵抗が許されなかったのか。
なぜ、ここに“座らされている”のか。
夜は、まだ深い。
だが、彼らに眠りは訪れない。
――敗者の席は、すでに用意されている。




