招待団、到着
花の匂いが風に混じり、街道脇の草は新芽を伸ばしている。
一年のうちで、もっとも祝祭に似合う季節だ。
――それなのに。
馬車の中で、誰もが言葉を失っていた。
「……おかしいな」
誰かが、ぽつりと漏らす。
前方に見えてきたのは、砦。
だが、記憶にあるそれとは、まるで違う。
石壁は新しく整えられ、欠けた痕もない。
旗が翻る。
黒地に金――見覚えのない、だが圧倒的に“強い”紋章。
「あれは……アグナスの?」
誰も即答できない。
滅びたはずの国。
奴隷に堕ち、ディバンに踏み潰され、歴史から消える予定だった国。
それが。
生きている。
しかも――整いすぎている。
門前には兵が並び、動きは無駄がなく、視線は鋭い。
威圧ではない。
訓練と自信が、自然に滲み出ているだけだ。
「……本当に、ここがアグナスか?」
ハーバル王国の随行員の一人が、喉を鳴らした。
砦に近づくにつれ、空気が変わる。
街道沿いに人が立ち、誰もがこちらを見ている。
だが。
歓声はない。
罵声もない。
ただ、静かに――測られている。
「歓迎、されているのか……?」
その疑問に、答えはない。
門が開く。
重厚な音。
だが、遅滞はない。
すべてが“予定通り”に動いている。
「ハーバル王国、招待団。
定刻通りのご到着を確認」
淡々と告げられる声。
敬語だ。
礼は尽くしている。
――だが、上下ははっきりしていた。
案内役の騎士は一切媚びない。
同時に、敵意もない。
それが、余計に怖かった。
馬車を降りると、視界が開ける。
砦の内側。
整備された通路。
人の流れ。
荷の運び方。
治癒魔術師の白衣が、あちこちに見える。
「……復興、というレベルじゃない」
「戦争直後の国の様子じゃない……」
小声が、次々と落ちる。
ここは、戦後の混乱の地ではない。
“これから繁栄する国”の顔をしている。
視線の先。
遠く、王都の輪郭が見えた。
白い石造り。
春の光を反射する屋根。
塔の先に、旗が揺れる。
「……王都、だったか? あそこ」
誰かが、半ば呆然と呟いた。
ハーバル王国の者たちは、知らず背筋を伸ばしていた。
伸ばさざるを得なかった。
――招待されたのだ。
――呼ばれたのだ。
――この国に。
その事実が、じわじわと腹の底に沈む。
「断れなかった、理由が……分かるな」
誰かが苦笑した。
外交上の体裁。
礼儀正しい文面。
祝祭への招待。
どれも完璧だった。
だが。
今、目の前にある現実が告げている。
これは、
“見せられる式典”だ。
力を。
秩序を。
選ばれた王と、その隣に立つ存在を。
馬車が再び動き出す。
砦を抜け、王都へ向かう道。
沿道には人が増え、花が撒かれ、旗が掲げられている。
祝祭だ。
だが、浮かれた空気はない。
あるのは――確信。
この国は、もう揺るがない。
ハーバル王国の招待団は、気づいてしまった。
自分たちは、
“対等な客”ではない。
歴史の転換点に、
立ち会わされる側なのだと。
春の風が、馬車の帷を揺らす。
誰かが、静かに息を吐いた。
「……帰ったら、報告書が重くなるな」
その言葉に、笑う者はいなかった。
王都が、近づいている。
――逃げ場は、もうなかった。




