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元奴隷から愛される異世界生活。  作者: ChaCha


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式典準備

春の朝霧が、ゆっくりと城下を離れていく。


それを押しのけるように、白い石畳が磨かれ、旗が掲げられ、花弁が散らされていた。

一枚一枚の布、一輪一輪の花に至るまで、妥協はない。


——やりすぎでは?


誰かが喉まで出かけたその疑問は、誰も口にしなかった。

なぜなら。


「……足りないな」


城門前で腕を組む老臣が、低く呟いたからだ。


足りない。

この規模で。

この速度で。

この完成度で。


足りない、という評価が出る国が、かつてあっただろうか。


アグナス王国は、今や“未曾有”の式典準備を進めていた。


大広間は三つに拡張され、回廊は一時的に開放、外庭は半ば祭場、半ば儀礼空間へと姿を変えている。

天幕は絹、装飾は金、警備は三重。


招待状を受け取った国は、思わず二度見した。


ディバン帝国。

ハーバル王国。

ルクス王国。

その他、周辺の大小国家。


——全て、招いた。


断れない。

それが、この招待の恐ろしさだった。


「強気だな……いや、強気というより」


外交官が、整えられた回廊を歩きながら呟く。


「“余裕”だ」


余裕がなければ、全方位を招くなどできない。

余裕がなければ、敵対した国に“来い”とは言えない。


そして。


余裕がなければ、女神さまを表に出すなど、できるはずがない。


準備に追われる者たちの顔には、奇妙な一致があった。

緊張している。

だが、怯えてはいない。


「女神さまに、恥をかかせるわけにはいかない」


それは合言葉のように、誰もが胸の内で繰り返していた。


神殿前では、石工たちが最後の調整をしている。

柱の角度、影の落ち方、参列者の視線が自然に中央へ集まるよう、細部が詰められていく。


「……ここ、半歩ずらそう」


「え? もう十分では」


「違う。女神さまが通られる」


それで、全てが通る。


理由として、完璧だった。


城内の廊下では、侍女たちが動線を確認している。

歩幅、立ち止まる位置、視線の高さ。


「王妃殿下が……いえ」


言い直す者がいる。


「女神さまが、最も自然に見えるように」


自然。

それは、作り込まれた自然だった。


各国の使節団が到着し始めると、城の空気が変わる。

探る視線。

測る視線。

値踏みする視線。


だが、それらは、すぐに戸惑いへと変わった。


——隙が、ない。


軍備。

秩序。

人心。


そして何より。


「……本当に、あの女神さまが」


囁きが、どこからともなく広がる。


救った。

強化した。

選んだ。


噂は噂を呼び、尾ひれをつけながらも、一点だけは揺るがない。


アグナス王国は、女神に選ばれた国だ。


その認識が、式典準備のすべてを貫いていた。


誰も、軽く考えていない。

誰も、手を抜かない。


なぜなら。


この式典は、単なる祝祭ではない。


——“確認”なのだ。


アグナス王国が、

もはや過去の敗戦国ではないことを。


そして。


女神さまが愛され、崇拝され、守られている国だということを。


「よし、次は南庭の最終確認だ」


「警備を一段上げろ。笑顔は忘れるな」


「花は足りてる? 足りない? ……足す!」


どこか、必死で。

どこか、楽しそうで。


準備は、整いすぎていた。


だが、それでいい。


——恥をかかせるわけには、いかないのだから。


女神さまに。

そして、女神さまに選ばれたこの国に。


春の空は、どこまでも高い。

その下で、アグナス王国は、堂々と世界を迎え撃つ準備を終えようとしていた。


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