続編のヒロインは私
王妃の名は、どこにも書かれていなかった。
それだけで、ミアの胸は軽くなる。
春の光が高窓から差し込み、白い石床にやわらかな影を落としている。
王城の客間は、香草と花の香りが混じった、式典前特有の落ち着かない空気に満ちていた。
机の上に置かれた招待状。
封蝋は完璧、文面は過不足なく礼儀正しい。
即位後初の大式典。
公爵家の叙任。
——王妃の正式披露。
披露。
“決定”ではない。
ミアは、そこを読み飛ばさなかった。
むしろ、何度もそこだけをなぞる。
「……やっぱり、未定よね」
小さく笑いがこぼれる。
決まっていない、という事実は、恐怖じゃない。
可能性が開いている、ということ。
椅子に腰を下ろし、足を組み替える。
春物のドレスが、さらりと音を立てた。
鏡に映る自分は、いつもどおり整っている。
選ばれてきた顔。
物語の中央に立つための顔。
——続編だ。
そう確信した瞬間、背筋にひやりとした記憶が走る。
前世。
続編の発表が告知された日。
人に押され、足を取られ、視界が白く反転して
——電車。
「……」
ミアは一瞬だけ息を止め、すぐに肩をすくめた。
大丈夫。
今度は、分かっている。
続編が始まるなら、キャラが増える。
新しい攻略対象。
新しいルート。
新しい“主役の見せ場”。
「エリックは、簡単だったもの」
思い出すのは、余裕のある攻略。
知っていたから、選べた。
選ばせた。
でも、次は違う。
続編キャラは、未知数だ。
「……ビジュアル、ちゃんと見ておけばよかった」
ため息が、自然に落ちる。
告知画像。ティザー。立ち絵。
もっと注意深く見ていれば、初動で有利を取れたのに。
でも、それでも。
「まあ、なんとかなるでしょ」
肩の力を抜く。
どうせ、愛される。
愛され過ぎて困る側なのだから。
また、笑いが込み上げる。
抑えようとしても、止まらない。
「ヒロインって、罪よね」
くすくす、と声が弾む。
次は、逆ハーレムもいいかもしれない。
一人に執着する必要なんて、ない。
「……正直、少し飽きてきたし」
軽く、何気なく。
罪悪感はない。
物語は、ヒロインを中心に回るものだ。
窓の外。
春の風が、旗を揺らす。
アグナス王国。
滅びたはずの国が、堂々と式典を開く。
しかも、各国を招く立場で。
——なら、相応しい“顔”が必要。
血筋。
教養。
華。
それらを自然に備えている存在は、限られている。
「私以外、考えられないわ」
招待状を畳み、指先で封蝋の跡をなぞる。
舞台は整っている。
幕は、もうすぐ上がる。
続編のヒロインは、準備万端。
あとは、登場するだけ。
ヒロイン・ミア




