増えていく人と、胃が痛くなる女神
窓を開けた瞬間、音が押し寄せてきた。
人の声。
荷車の軋む音。
どこかで鳴る金属音と、パンが焼ける匂い。
……多くない?
昨日より、明らかに。
「……増えてるよね?」
独り言は、部屋の中で消えた。
王妃の私室。
天井は高く、光は柔らかい。
それなのに、外の気配が強すぎる。
人の“生活音”が、城壁を越えて伝わってくる。
私は、ベッドから降りる。
――降りられるようになったのも、最近だ。
身体は、まだ軽いような、重いような。
歩くたび、内側で魔力が巡る感覚がある。
……慣れない。
窓辺に寄る。
城下町が、見える。
昨日まで空いていたはずの区画に、屋根が増えている。
洗濯物が揺れている。
人が、動いている。
「……え?」
目を凝らす。
あそこ、昨日は更地だったよね?
そこ、空き家じゃなかった?
――ない。
空いてる場所が、減っている。
「……やば」
胃が、きゅっと縮んだ。
昨日。
私は、研究室でポーションを作っていた。
いつもの癖で、没頭していた。
その間に。
街が、増えている。
人が、増えている。
「また、人が増えましたね」
落ち着いた声。
事実確認みたいな口調。
「……うん」
私は、窓から目を離せない。
「昨日も、言ったよね?」
「ええ」
「その昨日より、増えてない?」
「増えています」
即答。
迷いなし。
胃が、きゅっと音を立てた気がした。
「……どれくらい?」
「正確な数は、今朝の報告待ちですが」
一拍。
「千単位です」
「……せん」
声が、裏返らなかったのが奇跡。
「せ、千……?」
「はい」
「……一日で?」
「はい」
……待って。
私、何した?
記憶を辿る。
蒸発させた。
助けた。
強化した。
即位式で、王冠をぽすんって載せた。
……それだけだよ?
それだけで、国が増える?
「……ねえ」
振り返る。
ルイは、相変わらず穏やかだ。
いつも通りの顔。
「これ、私のせい?」
「原因の一つではあります」
「一つ!?」
「大きな」
「……大きな、って何」
ルイは、少し考える。
「“ここなら生きられる”と思わせる存在が、可視化された」
可視化。
言葉が、重い。
「……それ、私?」
「はい」
胃が、きりきりする。
「や、やだ……」
思わず、額を押さえた。
「無理無理無理。
人、そんなに増えたら、管理とか、治安とか、食糧とか……」
指を折る。
「住居!
水!
下水!
医療!
……あ、医療は私か……」
気づいてしまって、さらに胃が痛い。
「……やだぁ」
その場に、へなっと座り込む。
床が、冷たい。
「女神って、胃が痛くなる職業なの?」
「今のところ、そうですね」
即答やめて。
「もっと、ふわふわした存在だと思ってた……」
像になるとか。
祈られるとか。
キラキラするとか。
現実は。
増え続ける人口。
止まらない流入。
期待の視線。
「……詰み、では?」
小さく呟く。
ルイは、しゃがんで、視線を合わせた。
距離が、近い。
「詰んではいません」
「ほんと?」
「ええ。
なぜなら」
彼は、当たり前のように言う。
「貴女は、一人で背負う気だから、胃が痛い」
……あ。
図星。
「国は、俺が背負います」
静かに。
「街は、官僚が回します」
「軍は、レオが見ています」
「公爵家は、ご両親が整えています」
淡々と。
逃げ道を、一つずつ塞ぐように。
「貴女は」
一瞬、間があって。
「居てくれればいい」
胃が、別の意味で痛くなった。
「……それ、余計に重い」
「重いですか」
「重い」
「ですが」
ルイは、微笑う。
「それでも、人は増え続けています」
窓の外。
街は、今日も動いている。
止まらない。
「……あああ」
私は、膝を抱えた。
「胃が痛い。
ほんとに。
すごく」
でも。
視線の先で、子どもが笑っている。
パンを受け取って、跳ねている。
……生きてる。
それだけで。
「……減らないで」
ぽつり。
自分でも、驚くほど小さな声。
「誰も、減らないで」
ルイは、何も言わなかった。
ただ、私の肩に、そっと手を置いた。
淡く。
身体が、少しだけ光る。
「……やっぱり」
私は、溜息をつく。
「女神、向いてない」
なのに。
街は、今日も増えていく。
――胃が痛いまま。




