別れの朝と、奴隷
朝の光は、思っていたよりもあっさりしていた。
宿の窓から差し込む陽射しは、昨夜の重たい空気なんて覚えていないみたいに、普通に明るい。
「じゃあな」
レオは荷を背負い、いつもの軽い調子で言った。
昨日の続きみたいな声。
「……うん」
言葉は、それだけ。
引き止めない。
理由は分かってる。
彼は彼の戦場へ、私は私の生活へ。
「生き延びろよ」
「それ、昨日も言われた」
「大事なことだからな」
くしゃっと笑って、背を向ける。
その背中を見送って、私はようやく気づいた。
――また、独りだ。
胸の奥が、きゅっと鳴る。
でも、足は止めない。
私は冒険者ギルドへ向かい、
初心者向けの素材集めクエストを一枚、受け取った。
討伐じゃない。
採取。
今の私には、それがちょうどいい。
森へ。
街道を外れると、空気が変わる。
人の気配が薄れ、土と葉の匂いが濃くなる。
……少し、緊張。
でも、今日は大丈夫。
魔物避けもある。
ポーションもある。
――の、はずだった。
聞こえたのは、怒号と、嗤い声。
「ほら、さっさと捨てろよ」
「使い物にならねぇゴミだ」
木々の隙間から見えたのは、
奴隷商人たちだった。
大きな穴。
そこに向けて、
人を、棄てている。
……棄てる?
理解した瞬間、
背筋が、ぞわっと粟立った。
命を散らしながら、
物みたいに。
最後に残っていたのは、
骨と皮だけみたいな、ガリガリの少年。
必死に、地面に縋りついて、
何かを叫んでいる。
……見ちゃった。
これ、
見なかったことにできないやつだ。
胸の奥が、ざわつく。
前に出る前に、口が動いた。
「その子、破棄するなら――」
商人たちが、こちらを見る。
「私のポーションの実験台にしたいんだけど」
……言ってから、
(最低)
って思った。
商人たちは、顔を見合わせて、
すぐに興味を失ったように肩をすくめる。
「いいぜ。
宿一泊より安くしてやる」
……人が。
人が、
一泊の宿代より、安い。
前世の感覚が、
頭の中で悲鳴を上げる。
(嘘でしょ)
でも。
この世界で育った私は、
別の声も聞いた。
(使い物にならない奴隷……
使い捨てにもってこいね)
――最悪だ。
自分で自分に、ぞっとする。
でも、買った。
最低価格で。
奴隷契約。
魔術で、私を主と認識させる。
少年は、虚ろな目で、
私を見る。
去り際。
商人たちが投げ込んだ“ゴミ”を、
高火力の魔術で、まとめて処理した。
流し目で。
……もう、二度と来ない。
ふらふらとついてくる少年を連れて、
私は、何事もなかったみたいに、
素材集めを再開した。
「あ」
森の奥で、
泉を見つける。
澄んだ水。
陽の光が反射して、きれい。
……ちら。
小汚い少年。
「……洗ってやるか」
そう思った瞬間。
少年が、
血を吐いた。
びしゃ、と赤が落ちる。
身体が、震えている。
……は?
一気に、頭が冷えた。
「……私、何してるの」
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
そうだ。
奴隷でも。
『人間』だった。
前世の私が、
頭の中で叫ぶ。
――使え!
特製ポーションを!
反射的に、
マジックバッグから取り出す。
秘伝の回復ポーション。
躊躇は、なかった。
「ほら、飲みなさい」
口元に流し込む。
光。
傷が、癒えていく。
呼吸が、落ち着く。
……そして。
ぱたり。
気絶。
「……ちょっとー!!」
思わず叫ぶ。
「ここ、森なんですけどー!?」
ため息が、漏れた。
でも、
死んでない。
……よし。
私は、少年をそのままにして、
採取クエストを終わらせた。
戻ってきても、
まだ寝てる。
ついでに、
自分の調合用の素材も集める。
泉のそばに腰を下ろし、
マジックバッグから器具を取り出す。
――プチ錬金工房、開設。
回復ポーション。
魔物避け。
手慣れた動き。
「はー……バカだ」
鍋をかき混ぜながら、
私は思った。
……なんで、
こうなるんだろう。
独り旅のはずだった。
静かに、生きるはずだった。
それなのに。
また、
拾ってる。
しかも、とんでもないものを。
泉の水音が、
静かに響く。
その隣で、
ガリガリの少年は、
まだ眠っていた。
私は、火を弱め、ポーションを瓶に詰めた。
さて。
起きたら、
どうしようか。
ため息をひとつ、
もう一度、吐きながら。




