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元奴隷から愛される異世界生活。  作者: ChaCha


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人がいなくなる街

朝は、いつも通りに始まった。


石畳に朝露。

焼きたてのパンの匂い。

店先を掃く音。


――そのはずだった。


だが、今日は、音が少ない。


パン屋の扉が、開いていない。

隣の革職人の工房も、灯りがつかない。

いつも子どもたちが走り回る角で、笑い声がしない。


「……あれ?」


水瓶を抱えた女が、立ち止まる。


「今日は……休み?」


誰に聞くでもなく、呟いた言葉は、空気に溶けた。


向かいの家。

窓は閉じられたまま。

洗濯物も、干されていない。


昨日まで、確かに、いた。


夫婦がいて、

子どもがいて、

夕方になると、鍋の匂いが流れてきた家だ。


「……引っ越した?」


言葉にした瞬間、胸がざわつく。


この街で「引っ越す」というのは、珍しい。

土地を捨てる理由など、そうそうない。


市場へ向かう。


露店が、半分ほど、空いている。


果物屋がない。

布屋がない。

薬草を扱う老婆の姿もない。


代わりにあるのは、空いた台と、残された縄。


「聞いたか?」


肉屋の男が、小声で言う。


「……何を?」


「商人ギルドの連中、消えたらしい」


「消えた?」


「夜のうちにだ。馬車ごと」


冗談めかした言い方なのに、誰も笑わない。


「……アグナスへ、行ったって」


その一言で、空気が、ぴしりと固まった。


「また、その話か」


吐き捨てるように言う者もいる。


「女神がどうとか、敗戦国がどうとか……」


だが。


否定の言葉は、弱い。


なぜなら。


「……行った、って聞いた」


別の女が、震える声で言った。


「隣町の薬師。

昨日まで普通に商売してたのに、今朝、店ごと消えてた」


「置き手紙も?」


「ない」


「……じゃあ」


誰かが、言い淀む。


「……戻る気、ないんだ」


その言葉が、胸に落ちる。


戻らない。


つまり――見限った。


王国を。

街を。

この場所で生きる未来を。


昼。


税の徴収官が来た。


だが、徴収する相手がいない。


名簿にある家の扉を叩いても、反応がない。

何度叩いても、返事はない。


「……おかしい」


官吏は、紙を見下ろす。


「昨日まで、確かに……」


夕方。


酒場が、静かすぎる。


いつもなら、

仕事帰りの男たちが集まり、

愚痴と笑いが交錯する時間だ。


だが今日は、椅子が余っている。


「……なぁ」


酒を注ぐ手が止まる。


「俺たち、取り残されてないか?」


誰も、すぐに答えない。


答えが、怖いからだ。


外では、馬車の音がした。


一台。

二台。


荷を積んだ馬車が、街道を抜けていく。


「……あれもか」


「……ああ」


見送る視線。


止める声は、ない。


止める理由が、ない。


夜。


灯りが、少ない。


通りの端が、闇に沈む。


いつもなら、

誰かの家から漏れる灯りが、

街を繋いでいた。


今日は、点が、抜け落ちている。


ぽつり。

ぽつり。


「……ねぇ」


子どもが、母の袖を引く。


「みんな、どこに行ったの?」


母は、すぐに答えられない。


「……遠く、かな」


「戻ってくる?」


その問いに、母は笑おうとして、失敗した。


夜風が、冷たい。


街が、軽くなっている。


人の気配が減ると、

音も、温度も、消えていく。


誰も処刑されていない。

誰も追い出されていない。


それなのに。


街は、死に始めていた。


翌朝。


また一軒、扉が開かない。


また一人、姿を見ない。


王城は、まだ沈黙している。


だが。


民は、もう知っている。


――選ばれなかった国は、

――こうやって、終わっていく。


静かに。

誰にも看取られず。


民衆側/ハーバル王国

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