歴史の確定
石の回廊に、紙の擦れる音だけが響いていた。
分厚い書類束。
封蝋。
年代順に整理された戦時記録。
王城の記録庫、その中央で、重鎮たちが黙って立っている。
誰も、声を出さない。
出せない。
卓上に置かれたのは――
ハーバル王国公文書写し。
援軍要請の書簡。
食糧支援の嘆願。
医療物資の申請。
すべてに、日付がある。
すべてに、受領印がある。
そして――
すべてに、返答がない。
「……以上です」
淡々と読み上げた記録官の声が、最後の一文で止まる。
『当該要請は、国家方針により却下する』
——ハーバル王国 第二王子名義
空気が、重く沈んだ。
「却下、だと……」
誰かが呟く。
怒りではない。
呆然だ。
アグナス王国は、属国だった。
戦力も、発言権も、奪われていた。
それでも、
同盟国としての最低限の義務を、信じていた。
だが。
ハーバル王国は、
“助けられる国”を選び、
“見捨ててもいい国”を切った。
そして選ばれたのが、
アグナスだった。
「公表、されるのですか」
重鎮のひとりが、静かに問う。
答えたのは、王だった。
「される」
短い。
だが、迷いはない。
「事実だからだ」
机上の書類に、視線を落とす。
そこには、
援軍が来なかった夜に死んだ兵の名。
飢えで倒れた民の数。
治療を受けられなかった子どもの記録。
――そして。
最後の頁。
戦争終結後の追記。
『アグナス王国は、
女神の加護と王の決断により、
独立を回復した』
沈黙。
誰もが、理解していた。
この記録の公開は、
ハーバル王国にとっての“断罪”だ。
だが同時に、
アグナス王国にとっては――
「選ばれなかった過去」を、
「選び返した現在」へ変える宣言だった。
「見捨てたのは、向こうだ」
王の声は、低い。
「我々は、捨てられたのではない。
捨てられた“ふり”をされたにすぎない」
その視線の先。
窓の外には、再建中の街。
支援物資。
新しい家。
笑う民。
――女神に選ばれた国。
「記録は、公開せよ」
そう告げた瞬間、
アグナス王国は、完全に過去を切り離した。
ハーバル王国が失ったのは、
同盟ではない。
歴史における“正しさ”だった。
そしてその空白を、
もう二度と、取り戻すことはできない。




