レオ、伯爵位を得る
砦の大広間は、いつになく静まり返っていた。
戦の余韻は、すでに空気から消えている。
代わりに満ちているのは、張りつめた緊張と、期待に似たざわめきだった。
高い天井。
磨かれた石床。
両脇に並ぶ重鎮たちの背筋は、異様なほど正されている。
中央。
王座の前に立つのは、ただ一人。
レオだ。
正装ではあるが、どこか慣れていない。
肩はまっすぐでも、居心地の悪さが全身から滲んでいる。
(……なんで俺が、ここに立ってんだ)
内心の呟きが、そのまま顔に出そうになるのを、どうにか堪えた。
視線の先。
王座に座るルイは、すでに“王”の顔をしていた。
静かで、揺るがず、感情を内に収めた眼差し。
その隣。
メイがいる。
今日は研究着ではない。
落ち着いた衣装に身を包み、だが表情はいつも通りだ。
目が合うと、にやっと笑った。
――あ、嫌な予感。
案の定、ルイが口を開く。
「レオ・レオンハルト」
名を呼ばれた瞬間、空気が一段、張りつめる。
「汝を、アグナス王国の貴族として迎える」
ざわり、と小さく息を呑む音が広がった。
レオは、一瞬だけ瞬きをした。
(……貴族?)
理解が追いつかない。
「爵位は、伯爵」
はっきりと告げられた言葉に、今度こそ、ざわめきが走る。
伯爵。
新設の爵位。
それが意味するものを、重鎮たちは即座に理解した。
――武門の頂点。
――政治に属さない剣。
――王と王妃にのみ仕える存在。
レオは、ようやく口を開いた。
「……俺、領地とか要りませんけど」
場違いなほど、率直な言葉。
一瞬、空気が固まる。
だが。
ルイは、わずかに口角を上げた。
「承知している」
「貴族としての役割は、求めない」
「汝の役目は、一つだ」
王の声が、低く、しかし明確に響く。
「王室護衛総監」
その言葉に、騎士団長が小さく目を見開いた。
「終身」
――終身。
つまり、王が代わっても、職は終わらない。
役目そのものが、家系に刻まれる。
レオは、息を吐いた。
「……逃げ道、ねぇな」
ぽつりと漏れた言葉に、メイが吹き出しそうになるのを必死で堪えている。
ルイは続ける。
「汝の剣は、アグナス王国の盾となる」
「そして」
一瞬だけ、視線がメイに向いた。
「王妃の命を、何より優先せよ」
レオは、その言葉で全てを理解した。
ああ、そうか。
これは褒美じゃない。
これは、信頼だ。
一歩、前に出る。
膝をつくことはしない。
代わりに、右手を胸に当て、深く頭を下げた。
「……了解しました」
短い返答。
だが、その声には迷いがなかった。
「俺は、護ります」
「最後まで」
その瞬間。
広間の空気が、確かに変わった。
剣を持つ者たちが、無意識に背筋を伸ばす。
民を束ねる者たちが、安堵の息を吐く。
――鬼神が、王の側に立つ。
それだけで、この国は揺るがない。
式が終わり、人が引いていく中。
メイが、こっそりレオに近づいた。
「兄貴、伯爵だって」
「……言うな」
「すごいじゃん」
「守る場所が、変わっただけだ」
そう言って、レオは視線を上げる。
王と王妃。
その二人が並んで立つ姿を。
(……ほんとに、胃が痛ぇ役目だ)
だが。
剣を捨てるつもりは、これっぽっちもなかった。
――これが、俺の選んだ立ち位置だ。
レオ・レオンハルト。
伯爵位を得た男は、静かに、その場に立ち続けていた。




