朝を奪う男
七日目。
そう数えた瞬間、胸の奥で何かが静かに軋んだ。
短い。
あまりにも短い。
夜と夜の境目が、もう曖昧になっている。
朝は来る。
だが、俺はそれを奪っている。
カーテンの隙間から、淡い光が差し込む。
石造りの寝室は静かで、外の気配は遠い。
鳥の声も、廊下の足音も、ここには届かない。
ここにあるのは、温度と呼吸だけだ。
俺の腕の中で、メイは眠っている。
浅い呼吸。
時折、夢の中で眉がわずかに動く。
光。
彼女の身体は、相変わらず淡く煌めいている。
眠っていても、嘘をつかない。
俺に触れられている事実に、正直だ。
……美しい。
七日経っても、この感覚には慣れない。
視線を落とすたび、喉の奥が熱を持つ。
朝だというのに。
いや、だからこそ、か。
「……出したくないな」
声に出してから、俺は自分で可笑しくなった。
王が、夫が、こんなことを考えている。
だが、事実だ。
この七日間、彼女はほとんど部屋を出ていない。
出そうともしなかった。
政務は片付けた。
報告はここで受けた。
裁可も、この寝室で済ませた。
すべて、「彼女を外に出さない」ために。
メイは、まだ気づいていない。
いや、薄々は感じているだろう。
だが、彼女は優しすぎる。
信じすぎる。
「……おはよう、ございます?」
微かな声。
眠りから浮上する途中の、頼りない音。
「おはようございます」
俺はすぐに答える。
彼女の覚醒に、遅れたくない。
メイが目を開ける。
碧色の瞳が、まだ焦点を結びきらず、俺を映す。
「……あ」
思い出した、という顔。
七日分の記憶が、いっぺんに戻ったのだろう。
頬が、じわりと赤くなる。
「……朝?」
「はい」
「……今日って」
言いかけて、言葉が止まる。
きっと、政務。
研究。
外。
だが、そのどれも、口にはならなかった。
俺は、彼女の腰に回した腕を、ほんの少しだけ締める。
逃げない程度に。
拒否されない強さで。
「まだ、早いです」
「……そう?」
「ええ」
朝を奪うのは、簡単だ。
カーテンを閉め、時間を曖昧にし、彼女の意識をこちらに向ければいい。
彼女は、抗わない。
それが、少しだけ、胸を刺す。
「……ルイ」
名を呼ばれる。
七日経っても、その響きは特別だ。
「外、出ないの?」
探るような声。
俺は、少し考えてから、正直に答える。
「……出したくありません」
一瞬の沈黙。
彼女の呼吸が、わずかに乱れる。
光が、淡く強まる。
「……え?」
困惑。
戸惑い。
だが、拒絶ではない。
「失うのが、怖いのです」
静かに言う。
戦場で。
血の中で。
彼女を失いかけたあの瞬間が、まだ骨に残っている。
「ここにいれば、安全です」
「……王妃、だよ?」
「俺の妻です」
その言葉に、彼女の唇がわずかに開く。
何か言いかけて、やめた。
代わりに、溜め息。
「……朝、奪われてる気がする」
「はい」
否定しない。
「……囲われてる気もする」
「ええ」
さらに否定しない。
それでも、彼女は腕の中から離れない。
離れられない。
俺は、彼女の額にそっと唇を落とす。
朝の、軽い接触。
だが、意味は重い。
「今日も、一緒にいましょう」
囁くと、彼女は目を閉じた。
「……詰んでる気がする」
小さな声。
俺は、静かに微笑む。
「朝を奪うくらいで、済んでいると思ってください」
腕の中で、彼女の身体が淡く煌めいた。
七日目の朝。
俺は、今日も妻を外へ出さない。
誤字脱字修正しましたm(_ _)m




