王妃、起き上がれない
――離して。
本当に、そろそろ。
私はベッドの上で、天井を見つめながら、静かに決意した。
決意しただけで、身体は一ミリも動かない。
重い。
物理的に。
腰に回った腕が、完全に「所有権はこちらです」と主張している。
温度も、重さも、逃げ道もない。
「……ルイ」
名前を呼ぶと、すぐに反応が返ってくる。
「はい」
近い。
声が近い。
呼吸が近い。
「……もう、離して欲しい」
切実に言った。
すると、背後でほんの一瞬、間があった。
「……なぜでしょう」
なぜって何!?
「起きられないから!」
私は布団を指差す。
いや、指差したつもりだ。
実際には、指先がぴくりと動いただけだった。
「政務は?」
問い詰めると、ルイは落ち着いた声で答える。
「メイが気絶……いえ、眠っている間に」
「言い直したね?」
「はい」
さらっと認めるな。
「主要な裁可は終えました。緊急案件も処理済みです」
「……いつ?」
「夜明け前までに」
夜明け前!?
あれ、私、何回朝日を見たんだっけ。
混乱する私の背中に、さらに腕が絡む。
「それより」
低い声。
「まだ、安静です」
「安静の定義おかしくない!?」
私は抗議する。
「これ、完全に拘束じゃない!?」
「抱擁です」
即答。
「言い換えても事実は変わらないよ!?」
もがこうとした瞬間、身体のどこかが「やめとけ」と訴えた。
うっ、確かに……無理。
「……王妃って」
私は天井に向かって呟く。
「もっと、こう……優雅に起き上がるものじゃないの?」
「優雅です」
「どこが!?」
「寝顔が」
やめて。
「……せめて」
私は深呼吸する。
「座るだけ。座るだけでいいから」
ルイは少し考え――本当に少しだけ――
「では、支えます」
そう言って、あっさり私を引き起こした。
……支えすぎでは?
背中から胸元まで、がっちりホールド。
逃げ道ゼロ。
「……これ」
「はい」
「座ってる意味ある?」
「あります。視界が変わりました」
確かに天井じゃなく、カーテンが見える。
……だから何。
「……王妃、詰み続行中」
呟くと、ルイが小さく笑った。
「はい。順調です」
順調って言うな。
そのまま、私はルイにもたれたまま、しばらく動けなかった。
政務は終わっている。
世界は平和。
王は有能。
――王妃だけが、起き上がれない。
「……朝ごはん」
ぼそっと言うと。
「用意させます」
即答。
「……ここで?」
「はい」
離してとは言ったけど、ここまでくると逆に笑えてきた。
「……ねぇルイ」
「はい」
「私、今日一日、ここから動けない気がする」
「ええ」
「……否定しないんだ」
「守るべきものが、ここにありますから」
……ああ。
王妃、完全に捕獲済み。
私は諦めて、ルイの腕に身を預けた。
「……起き上がれない王妃って、前代未聞じゃない?」
「伝説になりますね」
やめて。
今日も逃げ道がない朝だった。




