詰んだ朝
朝だ。
たぶん。
もう2回ほど朝陽をみている…
薄い光が、瞼の裏を撫でている。
柔らかくて、温かくて、逃げ場のない光。
……逃げ場?
その言葉に引っかかって、私はゆっくりと意識を浮かべた。
「……ん……」
声に出したつもりはなかったけれど、喉から掠れた音が零れた。
するとすぐ、腰に回された腕が、きゅっと力を増す。
重い。
安心する重さ。
そして、完全に囲われているという自覚を強制的にくれる重さ。
「……起きましたか」
低い声。
耳元で、吐息と一緒に落ちてくる。
ルイだ。
……そりゃ、そうだよね。
私は天井を見る。
見慣れたはずの、王と王妃の寝室。
なのに、どこか現実感がない。
「……あれ?」
声に出してから、気づいた。
身体が、動かない。
正確には、動かそうとすると、あちこちが「まだだよ」と主張してくる。
筋肉の奥に残る熱。
重心のずれた感じ。
そして、腰のあたりに、ずん、と残る確かな重み。
「……あ」
思い出す。
夜。
月明かり。
長い、長い時間。
終わる気配のなかった温度。
「……詰みきった」
ぽつりと呟くと、背後から小さく笑い声が落ちてきた。
「はい。完全に」
「認めるの早くない!?」
抗議しようとした瞬間、喉が渇いていることに気づく。
口を開く前に、視界の端で、銀の水差しが動いた。
ルイが、私を抱えたまま、ゆっくりと身体を起こす。
その動きが、信じられないくらい丁寧で、慣れていて
――少し悔しい。
「無理に動かなくていい」
そう言って、湿り気を帯びた彼の唇が寄せられる。
「……あ」
冷たい水が、喉を通る。
ゆっくり。
こぼれないように、確かめるみたいに。
……甲斐甲斐しすぎない?
水を飲み終えると、またすぐ、腕が回ってきた。
逃がす気ゼロの抱擁。
シーツを見る。
……見るんじゃなかった。
ぐちゃぐちゃだ。
原型がない。
戦場跡よりひどい。
「……戦争、終わったよね?」
「ええ」
「……なのに」
私は、天井に向かって言う。
「まだ、ルイと戦ってた気がする」
「勝敗は、決まっていました」
即答。
「どっちの!?」
返事はなかった。
代わりに、肩に顔を埋められる。
……ずるい。
しばらくして、今度は別のものが差し出された。
「はい。あーん」
小さな皿。
その上に、干し葡萄。
「……これ」
口を開けてから気づく。
「……好き」
言った瞬間、しまった、と思った。
ルイの動きが、一瞬止まる。
「俺も、愛してます」
静かで、確信に満ちた声。
……重い。
言葉が、朝から重い。
「……はっ」
私は、急に正気に戻った。
「待って!これ、完全に餌付けの流れじゃない!?」
身体を起こそうとして、失敗する。
「……餌付け?」
ルイが首を傾げる。
「メイの気持ちが、よく分かりました」
そう言って、頬に軽く口付けを落とされた。
「好きなものを、差し出されると、安心するんですね」
「分析しないで!?」
身体中に、赤い花弁みたいな痕が残っているのが、視界の端に見える。
触れなくても分かる。
熱が、まだ抜けていない。
下半身に残る、ずん、とした感覚。
現実を否応なく突きつけてくる。
「……詰んでしまった」
私が呟くと、背後から、満足そうな声が返ってきた。
「詰ませて頂きました」
ぎゅっと、また腕が締まる。
朝の光が、カーテン越しに差し込む。
世界は平和で、戦争は終わっていて。
――そして。
私は、完全に、捕まっていた。
「……せめて」
私は小さく抵抗する。
「今日は、朝ごはんまでにして」
「検討します」
「検討!?」
笑い声が、寝室に落ちた。
……ああ。
これはもう。
本当に、詰んだ朝だ。




