新婚初夜
灯りは、落とされていなかった。
王妃の寝室は広く、白い天蓋が高い天井から垂れ、薄絹が月光を受けて淡く揺れている。
床に敷かれた絨毯は足音を吸い、部屋全体が、息を潜めているようだった。
私は、正座したまま動けない。
背筋だけが、やけにまっすぐだ。
「……今夜は……」
声にした瞬間、喉が渇く。
自分の声が、思ったよりも高かった。
ルイは、少し離れた場所に立っている。
それなのに、視線だけで距離を詰めてくる。
王衣を脱ぎ、簡素な衣に替えた彼の身体は、静かだ。
肩の線。
胸板の起伏。
腕に浮かぶ筋。
呼吸のたびに、わずかに上下する腹部。
全部が、こちらを向いている。
「夜は……寝るものです」
精一杯の理性。
それでも、足先が熱い。
ルイは、ほんの少しだけ首を傾げた。
「月夜で、明るい」
意味のない言葉。
なのに、背中にぞくりと走るものがある。
私は、慌てて視線を逸らした。
「……あっ、まだ研究中の――」
一歩。
畳むような足運び。
距離が、消える。
腕を取られたわけじゃない。
触れられてもいない。
なのに、私は後ろへ倒れそうになり、
ルイの手が、腰の後ろに回った。
支えるだけ。
けれど、逃げられない。
低い声が、耳元に落ちる。
「俺と、研究を重ねましょう」
吐息が、首筋に触れた。
思わず、肩が跳ねる。
「快楽という研究を……」
「ひやぁー!!!!」
完全に声が裏返った。
笑っている。
静かに。
確信を持って。
私は、膝に置いた手をきゅっと握る。
指先が、白くなる。
触れていないのに、
視線だけで、身体が熱を持つ。
近い。
本当に、近い。
彼の腕が、私の背に回り、
肩甲骨の位置を確かめるように、ゆっくりと指が動く。
なぞる。
測る。
覚える。
息が、勝手に漏れた。
「……っ」
自分でも驚くほど、弱い音。
「……詰む……このままじゃ」
零れた言葉は、ほとんど独り言だった。
ルイの胸が、わずかに上下する。
「ええ」
囁き。
「詰んでください」
腰を引き寄せられる。
衣越しに伝わる体温。
太腿が、彼の脚に触れる。
逃げ場が、ない。
私は、無意識に彼の衣を掴んでいた。
布が、皺になる。
「……ルイ……」
名前を呼ぶと、
彼の呼吸が、深くなる。
唇が、頬に触れた。
すぐ離れる。
もう一度、今度は顎の下。
確かめるように。
焦らすように。
「……っ」
胸の奥が、きゅっと縮む。
「……詰む……」
呟いた私の声に、
彼の額が、私の額に触れた。
止まる。
一瞬、完全に。
彼の身体が、震えているのが分かる。
腕が、強くなる。
「……苦しい。熱い……」
目尻から、勝手に涙が落ちた。
私は、震える指で、彼の胸元に触れる。
鼓動が、速い。
「……ルイ。良い子ね……大丈夫」
その言葉で、
彼の息が、崩れた。
額が、肩に落ちる。
深く、息を吸う音。
応える声は、低く、掠れていた。
「……俺が、壊れそうです」
腕に、力が入る。
抱き締める一歩手前で、止めている。
それが、分かる。
激しく重なる吐息。
身体が、熱を逃がせない。
夜は、まだ始まったばかり。
そして私は、理解してしまった。
――これは、研究でも実験でもない。
――ずっと渇望されてきた場所に、私は堕ちた。
それでも。
逃げようとする理由は、
もう、どこにも見つからなかった。




